第4話 フッ、かすり傷さ

 


 無事帰路につき、俺は今行きつけの和菓子屋「なおはら」にきている。あの後、もしかしたら陽キャキングあたりにでも捕まるかと思ったが、どうやら杞憂だったらしい。ま、当たり前だよな!!


 ここ、なおはらの和菓子は本当に美味しいのだ。程よい甘さで、餡子や生クリームなどの量も全部ちょうどいい。


 ちなみに一日30個平日限定の特製いちご大福があるのだが、それが死ぬほど美味い。

 前に一度だけ食べたことがあるが、もちもちの生地にちょうどいい甘さのつぶあんと生クリーム、そしてメインの大きな苺が乗っており、勿体無いかもしれないが一口で頬張った時のあの口の中で甘さと酸味が混ざり合い、それをもちもちの生地が全て優しく包み込む至福...まさに最強だ。1個500円も頷ける。



 なおはらの名物はそのいちご大福なのだが、もちろん他のも美味しい。いちご大福は別として他のものも夕方には売り切れてしまうほど人気だ。


 おっといかんいかん、早く入店しなくては!店の前でいつまでも突っ立っていたら通報されてしまうかもしれん。最近はすぐ通報されるからな。学生だからって侮っているとすぐにお巡りさん行きだ。


 俺は早速お目当てのものを探す。今日の目標は豆大福1個とどら焼き3個の確保だ。


(えーっと?豆大福、豆大福……おっ、ラスイチやんけ!!)


 ラッキーと思い手を伸ばそうとした時、ちょうど同じく横から伸びてきた手と当たった。


「あっ、すみません」


「いえ、こちらこそ…………もしかして蓮斗、君?」


 俺の名を知っている……?まさかこいつ……!と胸熱な展開を期待し声の主の方へ顔を向ける。


「ごめん、えぇーっと。きみは?」


 コバルトブルーの鮮やかな瞳、驚くほど綺麗な肌。少々キツい印象を与えるが圧巻するほど整っている容姿。

 背中まで伸びた長い髪は姉さんと同じくらいだろうか。だが注目すべきはその色、キラキラと反射するその銀色の髪はまるで光沢を得ているかのように綺麗で、きめ細かくサラサラ。無意識に触ってしまいそうになるが、なんとか自制する。


「そうよね。わからないわよね」


 俺は小さい脳みそをフル回転し、脳内記憶保存フォルダから人物のデータを開くが、少なくとも一致する人物はいない。

 ただ制服を見る限り、うちの学校の生徒ということは確かだ。


「すまない。どこかで会ったか?」


「わからないならいいわ。じゃ、私はもう行くから」


「あ、おい」


 会計を済ませに立ち去ろうとする彼女を咄嗟に呼び止める。


「これ、欲しかったんだろ。俺、違うの買うからいいよ。」


「私に恩を売っても何も出ないわよ」


「そんなんじゃないって」


 たかが豆大福だ。別に今日買えなかったからと言って死ぬわけではない。いや、じっちゃんはもう亡くなっているが...。また今度買えばいい。


「ほれ」と俺は彼女に渡す。


「ふふ、ありがとう」


「これくらいで感謝されるのも恥ずかしいんだが、素直に受け取っておこう」


「……昔から変わってないのね」


「?何か言ったか?」


 ボソッと彼女は呟いていたが、うまく聞き取れなかった。


「なんでもないわ、それじゃ」


 そう言うと彼女は会計を済ませ、出ていってしまった。

 そんな彼女を横目に、俺は別の品を探し始める。


(んっ、これは……ドーナツか、これもじっちゃん好きだったんだよな)


 なおはら特性のドーナツ。普通のドーナツと比べて、しっとりと素朴な甘さがクセになるのがこの店の特徴だ。


(10個入りだし、今日はこれだけ買って帰るか)


 10個で800円と大きさに比べてかなり破格だ。学生にはありがたい。

 俺はすぐに会計を済ませ、店を後にする。



 予定は狂ってしまったが、それもまた一興。こういうのも案外楽しいんだよなぁとほくほく顔で歩き出す。


(しかし、さっきの彼女は一体どこで会ったのだろう?)


 実は本当に会ったことがなくて、向こうが一方的に知っているというストーカーチックな妄想をしてみるが、生憎俺はストーカーがつくほどイケメンではない。普通の人より多少体格が良いくらいだろう。


 じゃあ、もしかして生き別れの兄妹ってコト!?!?そうときたらこうしちゃいられん!姉さんに聞いてみなきゃ!!もしかしたら妹じゃなくて、お姉ちゃんかも!!


(でも和菓子屋で出会うとかちょっとロマンチックに欠けるよなぁ……ん?」


 急にハイテンションで絶対にありえない可能性を導き出した挙句、ロマンチックに欠けるなどとほざきながら歩いていると、前方の信号付近で帰宅中らしきうちの学校の女子生徒がスマホをいじりながら歩いている。


(もしかして気づいてないのか?赤信号だぞ。このままじゃ...っておい!!!」


「あぶないッ!!」


 俺はすぐに走り出しそう叫ぶ。


「っ!!」


 俺の叫び声でやっと気づいたのだろう。顔を挙げたが、迫り来る車に身体動けず立ち尽くしている。


(チッ!間に合え!!」


 最悪の事態だけはどうにか避けなければならない。そう強く思い俺は前方へ飛び込む。


 刹那。一瞬の瞬きと共に、硬いアスファルトの地面に身体が叩きつけられる。鈍器で殴られたようなズキリとした鈍い痛みが全身を襲うが、今はそれに構っている暇はない。


 そう思いながら、俺は腕の中にいる彼女を確認する。どうやら間一髪といったところで、轢かれるのを免れることができたようだ。


 俺の方も骨は逝っていないと思うが、もし明日も痛みが引かないようならば、最悪病院に行かなくてはならないだろう。


 俺は無事を確認するとすぐに彼女を離し、立ち上がる。


「大丈夫か?」


 未だ状況を完全に理解できていない彼女に声をかけつつ手を伸ばす。無理もないだろう、もしかしたら彼女は明日を迎えられなかったかもしれないのだ。俺だって動揺する。


「え、あっ……私……」


 動揺しつつも伸ばしてきた彼女の手を取り、立ち上がらせる。


「怪我はしていないか?」


「は、はい……あの、ありがとう、ございます」


「これに懲りたら歩きスマホは辞めた方がいいな」


「す、すみません、わたし……」


「じゃあ俺はこれ……いっつ」


「!あ、あのそれ!!」


 安心したためか、今更になって左肘から強烈な痛みを感じる。

 確認すれば制服の肘あたりが無惨に破けている。彼女を守る際に擦りむいたのだろう。よく見れば左手まで赤黒い血が流れてきている。こりゃ、盛大に擦ったな……っていうか、今日袖を通したばかりの俺の制服が……ぐすん。


「安心しろ。俺は実は、お裁縫ができる」


「えっ!?い、いやそういうことじゃなくて!血が!病院にッ!!」


どうやら制服ではなく傷の心配だったらしい。これ今日着たばかりなんだぞ!!


「フッ、こんなものかすり傷さ」


「そんなわけないでしょ!?」


「君たち大丈夫か!!!」


 そんなやりとりをしているうちに車の運転手が降りてきた。不味い、このままぐだぐだして病院に連れて行かれたら。俺の午後の完璧な計画がパーになってしまう!!流石にそれだけは阻止せいねばなるまい!!

 俺は大急ぎでこの場を去ることにした。


「じゃあ、俺はこれで」


「あっ!ま、待って!病院に!」


「間に合ってますんで」


「間に合ってる!?じゃ、じゃあその制服同じ学校だよね!せめて名前教えて!明日教室行くから...って無理して学校来ちゃダメだからね!ちゃんと病院行くんだよ!?」


「フッ、名乗るほどのもでもないさ」


「ねぇ!ほんとにさぁ!」


 き、きまったぁぁああぁああ!!これ一度言ってみたかったんだよなぁ!!!ピンチの美少女を瞬時に助け、名も名乗らず華麗に去る!!カッケェ...!ちょっと反応は違うが誤差だよ誤差!


「じゃあ、俺は本当にこれで」


 これ以上は本当に面倒くさいことになると感じた俺は、地面に落ちていたドーナツが入っている紙袋を拾い上げ、そそくさとその場を後にする。


「あっ、ちょっ、ちょっと!」


 後ろから声がするが気にしない。あとは任せた!!


 後々になってやってきた全身の痛みに耐えながら歩きつつ、俺は今日のことを振り返る。


 (思い返せば今日はとことんついていなかったな。ドーナツも潰れてるしヨォ……)


 トラウマな女と同じクラスになるわ、スマホは取り上げられるわ、豆大福は買えないわ、怪我するわ、ドーナツは潰れるわで……まぁスマホと豆大福は俺のせいでもあるが。


 でも……まぁ、俺は別に他人を見捨てるクズになりたいわけではない。亡くなったじっちゃんも「困った人がいたら助けなさい、いずれその恩は帰ってくる」って言ってたしな!!


 こんな俺でも、俺は俺らしく生きていくと。そう決めたのだ。


 昔心に決めたことを改めて思い出しながら、無事にマンションへと帰るのだった。

 


 彼のその心に刻まれた言葉は救いか、あるいは彼を壊す呪いか。

 今はまだ始まりに過ぎない。

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