第3話 姉、参上?

 


「今回は1回目だし、座学ではなくHRだったからもう言うことはないが、明日からは普通に授業が始まるからもう弄るんじゃないぞ。2回目からは後始末がめんどくさいからな。」



 美咲先生に呆れられながら注意され「すみませんでした」と謝罪しスマホを受け取る。俺は今、教室を出た後スマホを返してもらうために職員室に寄っていたのだ。ってか最後のやつが本音だろ。



 さぁ、スマホも返してもらったしさっさと和菓子屋に寄って帰るか。どら焼きとゲームが俺を待っているのだ、ふははは!!!

 午後の完璧な計画に、どこかの勝ちを確信した悪役の如くニヤつく俺。



 側から見たら、職員室からニヤつきながら出てくるヤバい奴なのだがそんなものはどうでもいい。早く怠惰を貪ろう。今日はなんだか疲れたしな!

 そんな時、背後から凛とした声で名前を呼ばれた。



「蓮斗」



 俺はその聞き覚えのある……いや、今朝も聞いたばかりのその声に振り返る



「姉さん」



 その声の正体は俺、上城 蓮斗の姉上城 朱音わいじょう あかねだ。


 光が反射するほどに綺麗な白い肌、長く整えられたキリッとしたまつ毛、一度見れば魅了されてしまう紅の瞳、腰あたりまで伸びた艶のあるストレートな黒髪はカサつきなど知らないほどに美しい。そして、モデルかと思わせるような整った容姿。胸は控えめではあるものの、足は長くスラっとしていてスタイルもいい。

 これほど“凛々しい”という言葉が合う女性はそういないだろう。ただ怒ると怖い。ものすごく。



 そんな姉さんは弟の俺でさえ惚れてしまいそうなほどだ。今日も姉さんは美しい。血が繋がっていなかったら近づくことすら不可能だろう。姉さんに比べれば俺は道端の小石です。



「姉さんは何か用事?」



「先ほどまで入学式の後片付けがあってな。これから生徒会の仕事もあるから、今は生徒会室に向かうところだ」



 俺の姉さんはここ神和崎かみわさき第一だいいち高等学校こうとうがっこうの生徒会長だ。容姿端麗、頭脳明晰、おまけに文武両道。まるで非の打ち所がないな。姉さんと比べて道端の小石なんて烏滸がましい。俺はミドリムシです。



「無理しないでね、姉さん。今日は和菓子屋でどら焼き買っていくから。姉さんも好きだったよね」



「ああ、ありがとう蓮斗。楽しみにしている」



「うん、じゃあね!姉さん」



 俺は笑顔で姉さんに別れを告げる。

 姉さんは怒らせると怖いといったが、別に怒らせなければいいだけの話だ。こうして普通に話していればなんの問題もない。むしろ優しいくらいだ。さて、そろそろ帰ろう。



「………………と好き」



 帰ろうとしたところで再び後方から声が聞こえた。



「?何か言った?姉さん」



「……いや、なんでもない。それより蓮斗、明日からは早速授業が始まる。遊ぶのもいいが、ちゃんと勉学も怠らないような」



「わかってるよ姉さん。姉さんには迷惑かけないようにするから」



「そういうことではないのだが」



 わかっているよ。わかっているさ。姉さん。


 ………………。


 姉さんの顔に泥なんか塗った日には何されるかわからないからね!?きっと死よりも恐ろしいことが待っているに違いない!!お菓子抜きとかお菓子抜きとかお菓子抜きとか!!3度の飯抜きより恐ろしいわ!!(ぶるぶる)

 俺はいずれ来るかもしれないその罰に怯えながら帰宅するのだった。




 ―――――――――――――――――




 「それじゃね。姉さん」と再び別れを告げた蓮斗は今度こそ帰って行った。私は先ほどの蓮斗のニッコリとした笑顔を思い出しながらその後ろ姿を眺めていた。



(はぁ〜〜〜蓮斗好き蓮斗好き蓮斗好き好き好きすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき蓮斗蓮斗蓮斗れんとれんとれんとれんとれんとれんとれんとれんと可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いかわいいカワイイカワイイかわいいかわいいかわいい蓮斗蓮斗蓮斗蓮斗蓮斗蓮斗蓮斗蓮斗れんとれんとれんと)



 表に出すことのない、否。表に出してはいけないその感情を現在進行形で内側で爆発させていた。

 危なかった。先ほどつい口に出してしまったらしい。

 不幸中の幸いともいうべきか、蓮斗には聞こえていないようだったから良いものの、気をつけないとな。



 昔から友達がいなかった蓮斗は私に懐いてくれていた。本人は友達ができないことに悩んでいたようだったが、私からすれば好都合だった。


 蓮斗が産まれて、初めて病院で面会したあの日、天使のような蓮斗を見て私は物心がまだついていない年齢にして「この子とずっと一緒にいたい」と小さいながらに思っていたからだ。



 それからというもの私はよく蓮斗の面倒を見ていた。両親が離婚し母と私と蓮斗の3人でマンションに暮らすことになったが、母は私たちを養うために朝から夜まで働き、昼職が休みの日は夜の仕事を入れる時があったため育児をする暇があまりなかった。



 蓮斗も5歳になっていたが、それでもまだまだ甘え足りない年頃だ。寂しさもあったのだろう。母親の代わりというべきだろうか、蓮斗はよく「朱音おねぇちゃん!」とニッコリカワイイ笑顔で私に甘えてきていた。


 蓮斗が可愛くて仕方がない私は別に苦じゃなかった。寧ろ母親よりも甘えてくれる蓮斗が愛おしくてしょうがなかった。

 母の妹さん(叔母)がたまに学校帰りなどに来てくれることもあったから、私も不安などはなかった。



 弟が小学校に入ってから、変わっているとよく言われるようになった。私は別にそう思わないのだが、他の人は思うらしい。まぁブリッジをしながら廊下を徘徊していると聞いた日には多少驚いたが、そんなもの可愛い蓮斗を思えば寧ろ愛嬌だ。



 だが中学3年の春、プレゼントを買いに行くと出掛けて帰ってきてから、弟の様子がいつもと違った。その日を境に段々と弟は少し変わっていった。


 別に、私が周りから言われていた通り変人に気づいたとかそういうのではない。ただ無理に元気に振る舞っているような、素直な子だったのに今は本音を隠しているようなそんな感じがするのだ。



 何よりあの目だ。私と同じ綺麗な紅の瞳だったのに、いつの日か気づいたら赤黒く濁った目になってしまっていたのだ。



 原因は多分幼馴染のあの女、土岐 菜由里なのだろう。

 彼女は昔から蓮斗と仲が良かった。両親が離婚して引っ越す前は家が隣通しでよく遊んでいた。引っ越した後も時には私も混ざったりして遊んだものだ。



 蓮斗が彼女に好意を寄せているのは知っていた。彼女自身も蓮斗のことを好いていると側からみてもわかるだろう。私も彼女のことは嫌いではない、寧ろ彼女の性格、仕草などは全て好感が持てる。

 だから彼女にならば私は構わないと思っていた。彼女なら蓮斗を支えてくれると、そう思っていた。



 蓮斗が帰ってきたあの日夕方、部屋から出てきた蓮斗が「菜由里の連絡先消したわ!!俺じゃダメだったみたい!!あははウケるwwwwwちょwまってw俺今w草生えすぎwwやばいってwwあははww大w草w原w!草に草生やすなってな!!」正直途中から何を言っているのか理解できないが、蓮斗の顔を見た瞬間私は悟った。ここまで絶望している蓮斗の顔を昔見たことがあったからだ。あの時も蓮斗の瞳は赤黒く濁りかかっていた。やっとまた元気になったと思ったのに。まただ。また蓮斗は......。



 このままでは蓮斗は壊れてしまう。いや寧ろもう壊れているのかもしれない。手遅れになってしまう前にどうにかしなくては。

 あの女と何があったのかは知らないが、もうあの女に任せるわけにはいかない。



 私がなんとかする。そう、私が。可愛い可愛い私の蓮斗。もう誰にも傷つけさせるわけにはいかない。私だけの蓮斗。彼は私が守る。守って見せる。

 もう誰も信用しない。彼を守れるのは私だけ。



 「大好きよ。蓮斗」



 フフッという微かな笑い声と共に呟かれたその言葉は、誰に聞かれることなく静かに霧散した。

 やがて静寂が訪れた廊下にはコツコツと心地い音が再び鳴るだけだった。

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