第1話 変な男、参上 (上)

 「……ゴクリ」


 クラスでみんなが自己紹介をしているのをそっちのけで、俺は冷や汗を垂らしながら静かに生唾を飲み込んだ。

 今俺は、今世紀最大の難関に差し掛かっている。

 今まで幾度もの戦場を潜り抜けてきたこの俺だが、今回は別格である。

 え?そんなに緊迫して一体どうしたって?よろしい、ならば教えてしんぜよう。


 それは……ソシャゲのガチャある。

 繰り返す、”ソシャゲのガチャ“である。


 え?ふざけんなって?ふざけてねぇよ!こっちは至って大真面目だよ!よろしい、ならば戦争だ。


 とまぁ、なぜ俺がこんなに白熱しているかと言うと、今回はなんと俺が大好きなアニメのコラボガチャが開催しているのだ。


 好きなゲーム×好きなアニメ……白熱する理由もわかってくれるだろう。え?わからない?あ、そう……。

 そうこうしてるうちに今朝通学中に買った魔法のリンゴ柄のカードを携帯に読み込ませることに成功し、無事戦う準備が整った。


 さぁ、見せてもらおうか有償石の力ってやつを!!


 俺は早速ガチャに手を伸ばす、だがそこで気づいた、手が...震えているのだ。頑張って集めた無償石と、決して多くない小遣いを犠牲に手に入れた魔法のリンゴ柄のカードで召喚した有償石...。


 これが水の泡になったその先に待っているのは、絶望だけと思うと手が震えるのもわかってほしい。


 だがもたもたしてはいられない。俺は美優たん(※推しキャラ)に会わねばならんのだ!


 ええい!ままよ!!

 さぁ、おいで!美優たん!!

 俺は早速ガチャを回した。カシャンカシャンという音と共にカプセルがはじけ、中からノーマルキャラが続々と顔を出していく。このまま爆死かと思ったが、最後の最後で初キャラ入手の演出がきた。



 (と、止まった……!!こいッ!美優たん!)



「み、みゆた……すり抜けかよぉおおぉおぉおおおお!!!」


 立ち上がりながら思わず叫んでしまった。


 その瞬間、今までざわついていた教室がまるで人っこ一人いないかのように静寂に包まれる。


 まずいと。またやってしまったと。俺は先ほどとは別の意味で滲み出てくる冷や汗で血の気が引いていくのを感じる。


 一番後ろの席だからバレないな!と高を括り、スマホをいじっていたが思いっきり叫びながら立ち上がるなんて行動を起こしてしまっては元も子もない。


 (いっけね!やっちゃった!」


 一見、軽い感じに捉えているように見えるが心臓はバックバクである。


 小さい頃から今まで友達と呼べるような知り合いが出来たことのない俺は、高校生になったらモブでもいいから普通の人なると決めていたのだ。


 え?ならガチャなんか回すなって?うるせぇ!美優たんのピックアップ今日までなんだよ!!


 誰にいうわけでもない言い訳を浮かべ、どうしていいのか自分でもわからず、俺はスマホを握りしめたまま天を仰ぐかのように両手を上げて固まっていた。


「おい、名前はえーっと、上城と言ったか。すり抜けが、なんだって?」


 静まり返り、俺の奇行にクラスメイト全員がこちらに目を向けている気まずさの中、担任の西条寺 美咲さいじょうじ みさき先生が代表して声をかけてきた。


 (考えろ。上城蓮斗。このくらい今までと比べれば……いや、不味くね?)


 今更ながらに自分の置かれている状況の深刻さを受け止める。


 (いや任せろ。ピンチはチャンスだ!この状況を利用するんだ。そうだ今は自己紹介の時間だったな。)


「初めまして、俺の名は上城蓮斗。好きなものは洋菓子、和菓子、果物など甘いものならなんでも。高校では友達を100人作り、富士山の上でワンホールケーキを食べることが目標だ。ちなみに今まで友達はできたことのない陰キャキングだ。よろしく頼む」


 いきなり奇声をあげ、立ち上がったと思ったら、今度は他の生徒を差し置いて、我先にと自分の自己紹介を始めるという理解し難い行動にみんなが唖然としている。


 しかし、なんの奇跡か一人の男子生徒が軽く拍手し始めたのを合図に、他の生徒も拍手し始め、不揃いなパチパチという音が教室を包み込む。


 フッ、決まったな。どんな状況でも冷静に対応し、完璧に乗り越える……。それがこの俺、上城蓮斗だ。


 あまりの完璧さに自画自賛していると


「おい上城、高校生になって浮かれる気持ちもわかるが。やっていいこと悪いことがあるのは流石に理解できるだろう?」


 心の中でニヤついていた俺に、美咲先生は先ほどよりも冷たい氷のような声で俺にそう問いかける。


(俺の奇行になんの物怖じせずに話しかけてきた……だと。こいつ……できる!!)


「美咲先生、貴女を認めましょう。貴女は紛れもない強者です」


「なぜお前に強者認定されるのか理解できないが、今はなんの時間か、わかるな?」


「いえ先生、今はそんなことより……」


「わかるな??」


「はい」


 あまりの威圧感に流石の俺もたじろぐ。


「先ほどスマホ持っていたな?だせ」


 ヤバい行動にヤバい行動を重ねたことで、スマホを使っていたことを有耶無耶にできたと思っていたのだが、無理だったらしい。


 うちの先生は優秀だな!俺の高校生活は安泰だ!!


「い、いえ。なんのことだかさっぱ……」


「だせ」


「ウィッス」


 俺はそういうと再び立ち上がり、スマホを渡しに教卓の方へ歩き出す。

 え?びびってんじゃねぇかって?そ、そんなんじゃねぇし!戦略的撤退だし!


「はぁ……。とんだ問題児が入学してきたものだ」


 スマホを渡した後(渡す際ちょっと抵抗した)、席へ戻る途中後ろからボソッそんな声が聞こてくる。


 どうやら初日で問題児認定されるヤバい奴がこの学校に入学してきたらしい。


 一体どこのだれだ!(すっとぼけ)


 俺が席へ戻った後、スマホを仕舞った美咲先生が本来するはずだった生徒へ自己紹介を再度促し、再開し始める。


 そんなクラスメイトたちの自己紹介を聞……くわけもなく。俺はボーッとクラスを見渡す。


 そこで一人の少女を発見してしまう。


 その人物は俺にトラウマを植え付けた張本人、土岐菜由里。


(……ついてねぇ)


 もう関わらないと決めていた予想外の登場に俺は憂鬱になっていると


(あっ、やべ)


 タイミング悪く向こうもこちらに振り向いた。


 俺は咄嗟に顔を逸らそうとしたが、そのアラゴンオレンジ色のように明るい綺麗な橙色の瞳に吸い寄せられるように目を逸らすことができなかった。


(……1年前よりも可愛くなったな)


 無意識のうちにそう思ってしまった。久しぶりに見た彼女は、前よりもちょっぴり大人びており、可愛くなっていた。


 土岐菜由里。

 アラゴンオレンジ色のように明るい橙色の瞳、綺麗に揃えられた長いまつ毛、肩まで伸びた髪にサイドテール、おっとりとした表情はとても愛らしく、その笑顔は一緒にいるだけで心が癒された。


 しばらくお互いに見つめ合っていたが、やがて彼女は顔をほんのり赤くすると顔を逸らしてしまった。


 なぜ彼女は顔を紅くしていたのだろうか。俺のことを裏切ったくせに。

 ずっと一緒にいると、私だけは味方だとそう言ってくれたのに。


 そんないくら探しても見つからない疑問に俺は。


(わからない。わからないわからない。なにも)


 ……


 …………


 ………………。


 ま、いっか!もう関係ないしな!彼氏さんとお幸せにな!俺も俺で高校生活を満喫するぜ!!もう友達は諦めたがな!!!


 小遣いも目標も水の泡となった俺に恐れるものはない。俺は無敵だ。


 ってかやっぱり窓際の一番後ろの席とか最高だよな!陰キャキングの俺にピッタリだぜ!!苗字わ行でよかった!!今日は帰ったら死んだじっちゃんに大好物の豆大福をお供えしよう


 生まれて初めて自分の苗字に感謝し、祖先の好物がわからないので、代わりにじっちゃんへの大好物をお供えすることを決める。


 そこでちょうど自己紹介が全て終わったらしく、美咲先生が声を上げる


「早速だが、席替えをする」


 どうやらじっちゃんへの豆大福はお預けのようだ。

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