　桜庭家は朝８時起床。アンティーク出物のバトラーベルが軽やかに鳴る。

　そして程なく、父桜庭叡事早乙女あきら先生、母桜庭登子さん、あの桜庭巡、チーフアシスタント篠塚林檎さん、そして俺君原樹が、高台の桜庭邸の中庭で、内海を一望しながら、見様見真似の太極拳に勤しむ。

　腰が軽いと、俺の背中に巡がぶら下がっては、重石の匙加減を調整する。それが桜庭家にとっては微笑ましいらしい。

　そもそもで言えば、早乙女あきら先生の出世作と言えばカンフーものに、女子メキシカンプロレスもので、迫力のある所謂早乙女跳ねの描写が代名詞になった。まあ、そのモデルは事あろう巡であって、それは、レンジャージュンのakaで伝説にもなるかだ。

　いや何故俺がここ桜庭邸にいるか、それは皆が必然と毅然と答えてくれる。

　◇

　日々の桜庭巡の、J-Boy日参で、夏休みの課題は２週間の猛烈なピッチで終えた。そこでお開きになる筈も、巡が自らの講義を受けるオンライン学習塾を進めるもので、試しに受けたら、タブレットの内容が漏れ無く入る。

　カリキュラム構成はＡＩは勿論、その受講者に合った声のトーンも、スピードも自動調整されている、最先端ぶり。俺は、母菜々美にことわって３ヶ月無料講習に入会した。

　互いにタブレットとのにらめっこで、俺の部屋は、いつの間に二人でいるのが当たり前かの様になっていた。これなら、互いの家で講義受けた方が良くないかにもなるが、巡はウチは最新刊に向けての繁忙期で、食べてカップラーメンだからと口を尖らす。

　その間に巡は、ハンバーガーダイニングJ-Boy土日の夕方のシフトに入り、母菜々美、姉香澄の、真っ赤な店名Ｔシャツにアメリカンホットパンツで給仕に勤しむ。巡はさ、と進言するも。母菜々美は、巡ちゃん似合ってるじゃない良いでしょう。そもそも私が身体を張ってこその、このJ-Boyでしょうと胸を張る。まあ、その通りであるが。

　その日々を経て、お盆休みでお墓参りをしつつ、巡の来訪は絶えた、筈だった。

　ただお盆明け早々に、その桜庭巡と、黒髪が艶やかなな筈もボサボサをまとめたチーフアシスタント篠塚林檎さん、何故あなたがのちょっと前までヤンキーだった蓼科展子が、折り入ってと訪問した。

　内容は、作画アシスタントが足りないので、俺樹さんを当分貸して下さいとの直談判だった。その間、J-Boyには展子が代わりに働くのでどうかだった。展子か、だったが、仕事ともなると礼儀正しく、母菜々美が良いでしょうと即決した。

　ただ、その当分は、最大夏休み期間中の泊まり込み作画アシスタントだった。後にそんな話はになったが、甲種高校生裁量労働一種間四十時間時守。宿泊所賄い各種相談付き。その高額案件の至れり尽くせりの双方向契約書では、細かい事がきっちり書かれており、母菜々美は何を思ってか俺を差し出した形になる。そういうゴリ押しは、多々なので、酷いの電話だけは入れた。

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　俺の職種作画アシスタントになるが、そもそも何故は。この移住した呉はあまりにも遠くて、あの早乙女あきらのアシスタントでも、集まらないのが一つ。

　何よりは、早乙女あきらのフローは大型タブレットで完全デジタル化されており、ネームから完パケ迄、画像ソフトメーカーの作画アシスタントソフトのクラウドで完全分業されている。未だ一般的な作画グループフローは、従来の原稿用紙作業がスムーズではあるが為に、デジタルに特化した人材が急に集まらない事もある。それでもプロはは、タブレット作画に慣れておらず、現在の高校生のデジタル美術教科の方が軽く上を行っていた。

　俺指定に関しては、巡の推薦もあるし、写真部での売りもクリアネスの緻密派だったので、細か過ぎて進まなかった未完成の写生画も見られては一目を置かれる。

　基本デッサンは甘いと、ことわっておくも、林檎さんは、先生のネームはそれだけで完成度が高いので、自ずとバランス感が湧くからと、風景とモブのコマを出来るだけ仕上げて、煮詰まったら、私が引き継ぐからと。はい、と同時に根を詰める事になる。

　早乙女あきら渾身のＪリーグ物語「Can you get the goal? 」最新刊１５巻は、本当の佳境に入る。女子主人公がＪ３クラブに加入して、２度目の天皇杯は苦闘の末に正月決勝戦に突入し１５巻で決着を迎える。

　その期待度は、少女月刊誌ジュピター連載時のアディショナルタイムの回で、老若男女問わずバカ売れし、月刊誌で重版が出て、普通にニュース番組にも取り上げられた。

　普通に連載作品を転載すれば良いのだが、早乙女あきらはビジネスとこだわりを折衷した人物で有り、単行本化の際には、最高で５０ページ加筆される事も有り、２度楽しめる作品に仕上げてくる。

　そんな無茶な日程も、普段は、メイン桜庭叡事早乙女あきら先生、アシスタント桜庭登子さん、チーフアシスタント篠塚林檎さんの少数精鋭で行なっている堅実ぶりだ。それでも今回の大佳境で、足が出てしまうが、俺と巡も作画グループに入った事で、３食のダイニングは遵守する事が出来た。

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　内海を眺められる、高台の桜庭邸は、その昔は高級会員制のショコラカフェがあったが、流行病の幾波によってほぼ閉店のままに売却に至った。そこを、桜庭家がもう大型タブレットがあれば何処でも仕事が出来るからと、印税対策をしつつの移住購買物件となる。

　ショコラカフェ開店当初、内覧会で招かれたが、現在の桜庭邸は中抜きはされるも名残りは１／３しか無い。ここ迄改装したら、恐らく呉市は長らくになるだろうと察した。

　そんな夕食経てのメインダイニングは、「Can you get the goal? 」最新刊の進捗回復によって、至って和やかになる。

　その桜庭家の歴史をまとめると、桜庭叡さんは元は印象派画家で評価が定まら無い若い時分に、役者の卵桜庭登子と出会う。それは熱烈な恋愛とかで、必然として桜庭巡を身ごもって、授かり婚になったと。

　とは言え、桜庭夫妻の収入は安定していない為、桜庭叡が数あるコンテストに乱れ打ちしたところ、少女月刊誌ジュピターの新人賞を受賞し、早乙女あきらとして生活の糧を得られる事に。そこで巡がドヤ顔で、私持ってると言うと、登子さんにきつく抱擁されるのが微笑ましい。

　ただ早乙女あきらは生来画家で緻密派から、何かと締め切りがギリギリになり、アシスタントの出入りも多くなった。その中でも篠塚林檎さんはアシスタント歴が一番長く、呉市移住の際でも健気に付いて来た。早乙女あきら先生曰く、もうプロデビュー出来てベストセラーも固いとは言うが、林檎さんはネームが苦手でそれだったら執筆に専念したいから、生涯早乙女あきらのアシスタントと公言する。ここで拍手も、そろそろ伴侶がと、皆一様に中を見る。

　そして巡の話題になると、皆笑顔も丁寧に構える。

　巡は生来、女子のスタイリングを好み、無理に男子ものを進めるとグズるので、本人の意思を尊重したと。男女共学の私立中学校に上がり、いざ制服は女子物を選んだものの、ジェンダーレス化の世界を覆っていたものの、折々で奇異な目で見られと。林檎さん曰く、贔屓目無しで、ノーケアで美少女だから多少の嫉妬はあるものと、ノンアルコールワインを飲み干す。

　巡の逸話その他、筆舌しがたい武勇伝はあるものの、逃げ足がやたら早いで、まあともなる。大人達は思うところがあってか、普通にノンアルコール飲料が進み、スタジオに戻っては夜の執筆を再開する。

　夜の執筆は、俺と巡は免除されるので、二人揃って、登子さんのフランス映画のプレイリストを、字幕は眺める程度で、夜の雰囲気の中に浸る。こう言う、日々仕上がって行く雰囲気も、映画が終わると、グンナイと、俺はゲストルーム、巡はマイルームに戻る。

　そしていつの間にかなるが、早朝、俺のゲストルームのセミダブルのベッドの背後に、スヤスヤ声で俺の背中に縋る誰かがいる。その生来のピーチのフローラルの香りから、それは巡しかいないだ。

　巡の言い訳としては、夜トイレに起きると、つい近いベッドになだれ込んでしまうと。そこに他意は一切感じないので、敢えては触れない。ただ、男子特有の朝の生理現象が、巡はとても小さいものの、俺の腰に当たるので不思議な感じを催す。

　それとなく、登子さんに相談するも。攻守逆じゃ無いんでしょうと、微笑ましいわねと丁寧に置かれる。いやあの、そうでは無いのだが。

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　果たして、８月２７日金曜日午後１４時、「Can you get the goal? 」最新刊１５巻の加筆原稿は、早乙女先生の月間連載も上がり合流した事で、恙無く上がる。オンラインの編集部のチェックも、１９時には終わり、無事祝賀会に入る。

　大人の仕事場に確実に踏み込んで充足感しか無いが、早乙女先生が言い出さなければ、高校一年の夏休みデビューとは、何もしていない事に気がついた。

　気がつけば巡、振り向いても巡は、親友でも有り、兄弟の様でも有り、そしてガールフレンド扱いも気に止める。多分この夏で進展させて、ポッしゃたらそれなりの関係に築くべきだったかもしれない。

　そんな不思議顔をしたのがバレたか、ここぞとばかりに登子さんが、袱紗に入れた招待券を差し出す。それは広島中心街の最高級ヴァールトンホテルの招待券３枚だった。俺に巡に、出納係は林檎さんで、満喫してだった。いや、高校生がも、地元協賛のお礼だから、何処かで使わないと気を遣うでしょと、明日土曜日一日中満喫する事にした。