Boy in the alley.
青春の1ページの日から、捲って週末金曜日の放課後に、俺は体育館裏に呼び出された。それが誰かになるが、ヤンキー、それは同じく1年2組の蓼科展子になる。
私立呉実践高校は、カトリック校ではあるものの、制服さえ着てれば後は委ねる方針だ。その自由さは、ファッションに時間を割く余裕あるかの問いかけで、尖るのは大凡1年の冬前に悉く挫ける。
さん付け必須の展子さんは、色白に容姿端麗でも、鮮やかなレッドブラウンヘアで、何かと厳しい顔するので、丁寧なスタンスで接する。その距離感は、幕張からの越境入学も関与している。女子から漏れ聞いた話では、幕張でヤンキーグループのリーダーだったが、実家がカトリックであることから、懇談を設けられ環境を変えてみようかで、遥々呉市においでくださった。
もうどう見てもヤンキーではあるが、この呉実践高校では徒党をくんではいない。ありがちな新入生デビューの決闘も聞かない事から、マイルドではあるらしい。
ただ、その展子さんから、有無を言わさず、放課後体育館裏に来いと言われたら、興味本位もあって行かざる得ない。最悪バトルでも、178cmのリーチを生かして押さえ込む事は可能かと、イメージトレーニングはした。
果たして体育館裏、そこには鬼の仁王立ちで、展子さんが足を広げて待ち構える。そう、俺は最悪どつかれても1対1なら見届け人もいないし、黙ってれば良いかだったが、そもそも俺がしばかれる理由に心当たりがまるで無い。
「展子さん、あの。俺何か怒らせましたでしょうか」
「樹、正直に言えよ。巡さんの性別の事情、誰かに言ったか。お前、ボーってしてるから、つい言っちゃうよな。なあ、どうなんだよ」
巡、桜庭巡。クラスの純真過ぎるマドンナも、男子では俺のみが知っている、実は性別男子。言ったかどうかにしては、何かと席替えした隣の席から話かけられては、普通に女子のソプラノボイスなので、男子の意識は、露見した三日目から軽く吹き飛んでいる。故にクラスメイトに親近感あるな評価。家族にも巡は喋り倒す評価。そう性別男子は言っていない。
「展子さん、俺、言ってないです。言っても、何言ってるのですよね」
「本当に本当だな。巡さんを粗末にしたら、樹の右手小指から順番に指の骨10本折るからな」
「それ、展子さんのデメリットだけですよ。巡が普通にカミングアウトしても、別に付き合い方がまずくなると思えませんけど」
「馬鹿野郎、お前、樹、本当無神経だな。察するんだよ、とても深く巡さんを。いいか、巡さんの性別は、コンファレンスの説明だけで、巡さんは自ら、女子とか男子とか切り出した事は無いんだよ。言い難い事を、今も秘めている。本当痛々しいよ。いや故に、巡さんはただ尊敬しかない」
「尊敬も何も、賑やかな一般人ですよね」
「まさか、お前、レンジャージュンを知らないのか、これだから西国って土地柄は、いやいい、知っておくべきだ。巡さんはな、半グレに集められた家出少女を、貨物船で中東に売られる所を、たった一人で防いだんだよ。1対58の圧倒的不利を、軽さ生かした空中殺法で個別撃破しては完全勝利。そんな事有り得ない、そうだろうさ。でもな、ウチ幕張のグループの一人もそこにいて、無事助けられたんだよ。ここは絶対確かな筋なんだよ。私が、この呉市に遥々来たのは、巡さんをお慕い申してもある。おうさ、何か文句あるかよ」
いや、何を馬鹿なになるが、巡の柔らかい筋肉なら有りえるかなもある。何より徒競走は先頭集団。走り幅跳びは呉実践高校を超えてインターハイ記録に迫っている。何気に休み時間に見せる空中回転の曲芸も素早い。その痩身を存分に生かしたしなりなら、大タイマンも有り得なくもない。
ただ、巡がそんな物騒な奴だったら、事件に巻き込まれて、何もかも白日の元に晒されたら、同輩として哀れしかない。俺の誠実が揺れる。このままか、真実か、どっちにしても巡が傷つくだろうし、そんな事答えが出る筈もない。
「展子さん。俺が、このまま黙ってるとして。そのメリットが分かりません。何か良い案有りませんか」
「無いよ。と言うか、巡さんがこのまま望んでるなら、今が一番の幸せなんだよ。まあ、いいさ。分かったよ。もし卒業する迄、樹が口を割らなかったら。卒業式終えたら、一発やらせてやるから、それで良いだろう。決まり、大人の約束って事だ」
「そう言うの空手形って言うんですよね。俺、そう言う振り回される事嫌ですから」
「分かったよ。樹は細かいな。でも、そう言う繊細さは、女子として全然嫌いじゃ無い」
展子さんが俺の頭をむんずと捕まえては、下に強引に傾け、俺と展子さんの唇が重なった。ここからは、つい折々の学習が入って、展子さんの腰を両手で掴んで、自然に、唇を舌でこじ開けて絡ませた。キスとはこう言うものかと、興奮よりは事実確認に入った、
展子さんは、俺の勢いに浸るも、我に戻り、瞳をこじ開けては、俺から全力で離れた。息遣いが動揺かでかなり荒い。
「はあ、はあ、樹、お前奥手の筈だろう。何で舌入れるんだよ、私でもビックリするだろう。信じられないよ」
「ああ、でも最近の文芸映像って、そんな感じですよ。何か」
「何かって、凄えな、最近の文芸って、こってり鍛えないとな」
展子さんは鍛えようが無いと思う。俺の指す文芸映像とは鬼才片岡路傍監督のセクシービデオ作品だ。ネット通販をコンビニ受け取りにしては、旅路女子大生シリーズを見ている。予算も風情もあって格別だ。そこから、展子さんに応えるべく、思いを込めたキスをしたつもりだったが、現実ってある程度弁えるものかと、何食わぬ顔した。
そして、20m先の体育館裏の角から、滑り込むスニーカーの音が聞こえた。
「樹の、バカ、大バカ者、もう、知らないから、」
その雄叫びは、ソプラノボイスの桜庭巡だ。くしゃくしゃ顔で、この距離からでも、涙が飛び散ってるのも受け取れた。そして居た堪れず、元の角を尽きぬけて行った。
展子さんは、てっきり追うものかと思えば、腰が砕けて、その場にへたり込んだ。
「もう駄目だ、巡さんに嫌われちまった。どうすればいいだよ、樹さ、」
展子さん自ら、俺のファーストキスを奪ったと言うのに、ここで巡の天秤に乗るのは、俺って何かになった。俺はさてと、ただ早く流れて行く雲を遠く眺めた。取り敢えず消えたいが、その前に展子さんの手を引き、立ち上がりを促した。
ポツリと展子でいいよは、卒業後に換金される手形は本気らしいと、ゆっくり悟った。
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