I call your name.

 体育館裏で、俺君原樹と蓼科展子のキスを見た、性別に多少の秘密を持つ桜庭巡は、俺を大馬鹿呼びして、ああ登校拒否に入るかなと思いきや。普通に翌日も呉実践高校1年2組に通って来た。そして普通におはようございますから、おはようございますで返す。そこ迄は何ら変化は無い。

 ただ、展子が鮮やかなレッドブラウンヘアから、漆黒の黒髪にイメージチェンジしていた。そして言葉を漸く吐き出した。


「これな。別に、こだわりは無いよ。あの後、巡さんを図書室で漸く捕まえて土下座したさ。展子一生の失態、巡さん思えばこそ、ここがちょっと長いから、カット。お詫びとして丸坊主にしますって、言ったら、お断り、前髪のうぶ毛毎朝手入れするの面倒でしょうで、涙ちょちょ切れだよ。てな事で、最低限の誠意として、黒髪に存分に染め直した。もう、ヤンキー廃業だよ。そういう流れから、あの約束は、まあな。大人になったら、どうにか工面する。今は忘れてくれ。後、私にさん付け無しな。巡そのままに。私だけ展子さんじゃ、けつが痒くなる」


 ハイのみで答えた。ファーストキスが展子、初体験も展子もどうかは、後になってから、それは違うかなとは思っていた。

 頭の中が思春期そのままで、俺の窓際の席に着くかその前に、信じ難いものがあった。俺と巡の席の間に、どでかいダンボールの衝立がしっかり建てつけられている。俺の側には極太マジックでこう殴り書かれる。【Conversation only. Don't look, Itsuki.】。まあ詰まる所穢らわしいしい。それとなく姿が一切見えないまま、ライトに向かって遠距離キャッチボールしてみる。


「巡さ、男の純情って、複雑怪奇で、得てしてこじれるものだろう。ちょい、大人になったら」

「大人は嫌い。大人の雰囲気出しまくってる樹も嫌い。だけどコミュニケーションは大切」

「と言うかさ。この衝立、かなり視界遮ってるだろう」

「それでも、黒板と先生は見えます。それが何か」

「ムカつくな、そう言うの可愛げ無いぞ」

「そこは大丈夫。巡は可愛いって、毎日みんな言ってくれるから。ベーだ」


 俺のイラつきは頂点になった。このダンボールでも凝った衝立を蹴破って、ふざけるなを言おうとしたが、その向こうで並々ならぬ殺気を感じる。

 レンジャージュンの伝説を推移すると、腕を伸ばした瞬間に、巡はその軽さを生かして、腕ひしぎ十字固めで失神させられる可能性が大いにある。俺は柔道授業は真面目に受けていたが、達人クラスの術を授かってはいないので、ここでイニシアチブを取られたら、俺は舎弟扱いで、恋愛にも干渉される可能性がある。俺の高校時代の輝かしい青春が巡に管理されるなんて、まっぴらごめんだ。ここは不干渉しか無い。

 この間をすっかり読まれたか、ダンボール衝立の一部がパカンと開き、覗き窓から、巡があっかんべーをしては、透かさず閉める。

 こいつは、と思ったが、どうせ飽きるだろうで、根気よく付き合う事にした。



 ◇



 その後のダンボール衝立は、女性ならではかの生理で、俺は延々阻まれ続ける。

 せめて昼休みはになったが、巡は一体何が入っているかの、あの大容量の登山リュックサックから、コンパクトテントを取り出し、教室最後部で一人キャンプを絶賛開催する。

 俺のキスシーン見て、先を越されたのを嫉妬しているのなら、俺にぶつかって来いよになるが、それはとても言えない。巡は食事を取らないのか、見る見る頰が痩せこけて来ている。

 俺は朝いの一番に、呉実践高校麓のクボタブレッドに飛び込んでは、巡の差し入れの分の菓子パン調理パンを買い込み、昼になると、その巡テントの前に差し出す。まあ、残らず平らげるので、見た目の体力が落ちて心配はなさそうだ。


 しかし、差し入れは抜本的な解決になっていない。心配になったロザリオを下げた生活指導の上泉彩花先生が回って来ているが、疲れて昼寝をするのか。そこそこの日常会話で終えてはいる。ここは、ジェンダーレスの生徒は丁寧に何だろう。見守る女子は心配。男子は巡は最高のセンス。この振れ具合は、例え真実を知っても、埋められない性別の成熟度なのだろうと察して止まない。



 ◇



 そんな終止符も、1学期の最終日に回って来る。憩いの授業で、それぞれが夏休みの決意を簡潔に述べて行くのだが、得てして16歳前後、掴みに行こうとして多いに滑ったり、そこ迄人生の指標が無い為大いに詰まる。その都度、適度な突っ込みが来るのは、何か愛があるな1年2組と頼もしく思える。


 そして、巡に順番に回って来る。巡のオンライン学習塾の進捗は漏れなく聞いているので、飛び級をの為の高卒認定試験の何かだろうと、クラス皆、いや呉市、世界中がそう思っていただろう。

 巡が立ち上がると、徐にダンボールの衝立をゆっくり倒し、胸へと切実に両手を当てる。珍しく震える唇から言葉をゆっくりと置こうとする。


「私ね、樹の事を思うと、こう地球の重力が、どんとなって、血の気が引くの。そう言う気持ち、何となく知ってる。でも、それって言ったら、何もかもが壊れて、私が私らしくならなくなってしまうと思うの。でも、言わないと、樹は遠くに行ってしまう。こんなに近いのに、こんな凄い違和感なんだろう」


 1年2組は強烈なGに打たれて、ぐうの音も出ない。むしろこのまま黙っていて欲しい。そう、それは俺でも分かる。巡は俺が好きらしい。でもそれは、俺だからこそ言えない。何もかも分かった気で生きて来たが、ここで立ち居振る舞い良く回れば、等しく誰も傷つく。思春期とは意図せずに伝播するものだ。

 担任の霧山顕治先生が、お前達ではそんなものだろと、助け舟を出す。


「巡のそれは博愛って事だ。私達は隣人を知っているようで、何も知らない。ただ、運命の出来事によって、相手をよりよく知ってしまう事がある。巡の場合はあれだな。全裸覗かれるのを助けて貰った、樹に対して、やるでしょう、見どころあるでしょうだろう。ただな、君原樹はそれ程情を出さないから、ついこっちが前のめりになる。巡は本当健気だね。と言う事で、樹はもっとさらけ出せ、巡がどうしたら良いか迷ってるぞ。3年同じクラスなら、絆は深まるなんて、そんなの幻想だ。毎日会ってる様でも、休暇期間があるから、気が付いたら卒業式だ。そう言うのは充実してると言えないな」

「何だ、そう言う事か。私はてっきり、樹に片思いしてると思ってました。嫌だな思春期って、ああ、すっきりした。と言う事で、樹は今日より、恩人から、親友って事でね。よろしくね」

「ああ、そうだな」


 俺の素っ気ない台詞で、クラスの女子が怒涛の様に火が付いた。思わず机をドンと拳で叩き、尚もドン。その圧はあれだろう、セイ・イエスへのあれ。

 霧山先生は、察してやれの視線だけで、セイ・イエスとは促さない。辛うじてと言うべきか、公私共に救いを求める一言だけはあった。


「巡さ、親友だったら。夏休みの宿題一緒にやろうよ。論文系は多少強いつもりだから、メリットはあると思うよ」

「おお、それ、良いね」

「バカヤロウ、樹、お前は…」


 その堪らず立ち上がり大声を発した展子は、クラスの全女子が立ち上がっては殺到され、見事押し潰されてる。例え巡の一番の舎弟でも、バカ正直では、またも嫌われると言うのに。

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