In the name of love

 夏休み明け、二学期始業式からの記憶が、かなり朧げだ。

 呉実践高校の文化感謝祭は、11月上旬の連休時に行われる。本来の学校ならば部活若しくは学級単位での模擬店に催事になるのだが、呉実践高校は何をここで自由を発揮かの、任意グループでの発起になる。


 俺は、同じ普通科1年2組にして同じ写真部の同級生菅原塁に、1学期から、文化感謝祭盛り上がろうよと逐一誘われていた。

 いや俺としては、1学期隣席にして幼馴染の天宮吉乃のピアノリサイタルの手伝いもあるし、中学校で漸く同じ学級になった看護科1年5組の堀田朱理のボランティア展示も頼まれていて、まあなでのらりくらりしていた。しかし。


「いや樹さ。俺ってナチュラルでしょう。巡が素敵なボーイと言っちゃうかもしれないから、そう樹はさ、俺の側にいないと危険じゃ無いかな」


 俺は言葉より早く、塁の胸ぐらを掴む。俺達写真の腕前は引けを取ら無いよねで、ただ脱力した。

 噂や察しではなく、塁はその眼差しで、巡の骨格男子を見抜いていた。そして、俺と巡との距離はも、席替え直後の親密なやりとりで、分かったよ、と折れるしかなかった。


 そんな感じで、菅原塁と俺君原樹はOur Life at KUREグループとして、企画写真展を共同開催する事になった。

 何でなのは、吉乃に朱里。いやそもそも、3年も文化感謝祭あるのだから、今年は俺に譲ったらと、しれっと言葉が出てしまった。二人は顔を見合わせ、ニコッと。そこで気づくべきだったと今は思う。

 遅れて、巡がどうしてと怒鳴り込んできたが、ハイカラ腹ペコグループに担がれて、原宿クレープ模擬店に日々拘束される。

 巡はその生来のスノッブさから、早乙女あきら先生同志の原宿の中堅ガールズブランド:メンテ・アクティバのカタログモデルも勤めている噂を漏れ聞く。そして、原宿には詳しいと無邪気に話したところ、呉市ガールズから、本場原宿クレープの再現に日々追われる事になる。

 桜庭邸に何気にデリバリーに行くと、カタログモデルはそうなのよと巡の母桜庭登子さんが、メンテ・アクティバの歴代のカタログを見せてくれる。巡は普通に可愛く、それは売れますよねとごく普通に返す。登子さんは、そうね今は東京に7店舗あって、これこれと巡コーディネート狙いの買いで業績を伸ばしたらしい。堪らず、おいの顔にもなるが、直感で感じるジェンダーレスの新感覚がフックなのかと吐露する。登子さんはそれ汲んで、今はシーズン限定だからと、俺の微妙な心の揺れを宥める。


 Our Life at KUREグループの展示として、俺としては、これ迄の呉市商業振興の呉市ええ所じゃよキャンペーン写真でいいかだったが、新作半分のノルマを、私達吉乃と朱里をモデルにと厳命された。丁寧な伏線実に結構。ただ。

 そんなに綺麗に撮られたかったら、塁の菅原海隣写真館に行けよと突き放すと、毎度2時間濃密の説教になる。

 そうなると塁が、樹のストロークを生かした撮影は独特だからと、他人事だと思って爆笑しては終える。明らかに俺樹、巡、吉乃、朱里の四つ巴の関係を面白いだろうさ。自重を込めて、まあなにもなる。



 ◇



 それからは日々、吉乃と朱里に手引かれては、コンパクトデジタルカメラで写真と序でに動画も撮らされる。

 吉乃と朱里も、確かに俺の幼少の頃からのモデルだが、こう、何処かであの憎たらしい巡に負けまいと真剣勝負で臨む。

 俺は、逐一インパクトの流麗な瞬間にカメラマン魂を掛ける。そして何かと時間があると、この採光、このロケーション、あの商店街の洋服と、ただ目まぐるしい。その俺の弛まぬ努力で、吉乃と朱里は徐々に女ぷりを上げ、自然と何かと校内で振り向かれる存在になる。それはそれで何処か微妙な気持ちだ。

 塁曰く、樹は殺生な奴だよとほざかれる。そういうお前は、校内の女子学生全てコンプリートしたのはどういうこったになるが、俺達の中では、もうOur Life at KUREグループは大成功の図しか浮かばなかった。


 ただ問題は、撮るは良いも、最高画質で外部メモリカードは3枚にも達して、セレクトに追われ、ラスト2週間には、Our Life at KUREグループ総動員で、俺の部屋でのセレクト作業に追われた。

 そして終えたのは文化感謝祭3日前で、どうかパネル12枚に、追加ポストカード15種類お願いしますと、塁の実家の菅原海隣写真館の祖父菅原宗実さんに持ち込む。宗実さんは、思ったより早いねと陽気に快諾してくれた。流石隠居してもの現役振りに、呉商工会議所の重鎮とはの貫禄をまざまざと見せつけられる。



 ◇



 そんな文化感謝祭初日当日。何となく当ては外れた。

 俺としてどの写真も渾身の出来だが、徐々に下克上し全学年のマドンナ桜庭巡のパネルが2枚のみとあって、熱烈ファンの滞在は居て3分だった。そんな5回コールド試合の模様で、俺と朱里の接遇員は踏み込んだ内容に入る。


「名カメラマン樹は悪く無いよ。それで私も素敵。ただね、私の、樹、好きが出てるから、こう面倒臭い雰囲気が漂ってるよね」

「その好きは、人類学として、友好の好きだよな」

「ふーん。未だそこなの。愛しても良いのよ、お招きの好きよ。ごく普通に言わされたけど」

「そうじゃない様な。朱里は昔から大人びて、俺には難しいよ」

「よくもシラばくっれるのね。今の樹なら、何かを捨て去ってもの鋭さは、写真の節々からあると言うのに。やはり巡ちゃん、好きなの」

「好きに序列がなければ、巡も朱里も吉乃も同じさ」

「無駄に悪い大人発言ね」

「治ると良いけどな。アドバイス有難う」


 朱里は、俺の左手をただピシャリと叩く。もう長過ぎる付き合いから、これだけで500回は食らっているので、これが生涯続くのかなと、最近の妄想はそっちに傾いている。

 そんな思考波が飛んでいるのか、アンテナ全開の全学年のマドンナ桜庭巡が10分おきに、手作りのエプロンに三角頭巾で、廊下を往復する。

 俺に声をかけて貰いたいのそれではなく、この居住まいの良い、私達のへの嫉妬が講じてでしょうと、朱里がぽつりと囁く。それで持って、逃走癖のある巡は、その都度連れ運ばれて行く。本当懲りない奴。


 ただ、Our Life at KUREグループの展示は、右肩上がりに登って行く。地元の名店の方々がどれどれと訪れて、混んだと見るや、目新しを求める観客も訪れるシナジー効果が生まれて、昼を区切りに人の入りは安定期に入った。


 俺は昼休みを貰っては、訪問してくれた、J-Boyの常連さんで中堅フリーカメラマンの橘花一斎さんの接待に当たる。所謂俺のカメラの師匠だが、厳しさはまるで無く、次はここのエッジと丁寧にを課題を出されるだけだ。

 そして今日、一斎さんから、巡のパネルを長らく眺めると、何故向き合わないと、看破される。いや、そもそも巡は個人情報は言えないので、まだ出会ってやっと半年ですよと躱した。

 昼食後のデザートとして、巡のいる原宿クレープ模擬店に連れて行けとされ、巡手作りのミルフィーユクレープを一斎さんと一緒に満喫する。生地の薄さに積層感の丁寧さは、実に商品と成立している。他称原宿娘はきちんと名乗るべきだと、話が大いに盛り上がる。


 そして、一斎さんが一枚撮ろうかで、俺を立たせて、巡を丸椅子に座らせる。俺は、この身長差で屈もうとするが、一斎さんが、手とアドバイスを出し、巡の左肩に両手を乗せさせる。

 いや、照れるつもりは無いが、一斎さんは恋人絵を求めているのは分かっている。意に沿おうも何かが足りない。

 俺は息を整え、リラックスを繰り返す中で、巡が右手で、巡の肩に乗せた俺の両手に触れる。何の事は無い、体温の循環が二人の中で始まっていなかっただけだった。

 そして、背後からでも、巡が綻んだと悟った瞬間に、一斎さんのコンパクトデジタルカメラのシャッター音が鳴った。たったワンチャンスを、作り、生かす、そして幸福を与える。さすがは師匠としか、手放しで言いようが無い。ここで巡の長らくブスッとした表情が漸く消し飛んだ。



 ◇



 文化感謝祭二日目最終日。事前に予想していたOur Life at KUREグループの、写真良いじゃないの簡潔感想で、今日もああ終わるのかなと思っていた。

 そこに朝食の席で、姉香澄が広島県大手地方紙の福耳新聞をどんどんと俺に突き刺す。何をそんなに嬉しそうにもと、文化面に辿り着くと私立呉実践高校の文化感謝祭の記事と写真が紙面1/3に載る。

 見出しは、文化祭シーズンたけなわ、呉市を牽引する若人の新発想と伝統がここに。その中の一際は、4枚写真の内の大きな写真は、一斎さんの撮った俺樹と巡のあの仲睦まじい所だった。まあ、小さくても出来てる感じあるよなは、ついに感極まって姉香澄が携帯で一斎さんに額装下さいとせがんでいる事から、流石はプロかなとは思う。


 そんな樹と巡コンビは新聞映えもあって、文化感謝祭で何かと微笑まれる。故にしか無いが、脱走しがちな巡も大目に見られてか、Our Life at KUREグループの展示にそこはかとなくいる。

 吉乃と朱里はあからさまに、ふんとピリッとしているが、昼食を一緒に取ると、まあマドンナ巡ちゃんならばそうよねで落ち着く。

 ここで押し並べて大人になるのは、後夜祭の学年別フォークダンスで禍根を残さないためだろう。最大の警戒は必要だ。



 ◇



 文化感謝祭は9時から15時の2日間開催を経て、校庭での後夜祭を迎える。

 女子一族経営の菅原美津留校長の謝辞としては、過去ベスト3に入る活況と賛辞を貰う。そうなれば来年もの期待は高まりますが、奇を衒わず真摯の来賓の方と向き合いましょうと釘を刺される。

 ここは文化感謝祭いざ迎えて、逸脱しては狙いに行った武闘派グループを牽制しての事だろう。


 そして菅原校長の、レッツ、ディスコティークの一声と共に、自らDJブースから、学年別フォークダンスを促す。多才は良い事だ

 校庭は、グループ毎の整列はあれど、それぞれ学年別の輪に散り、女子は内側男子は外側と、右回りに巡る。16小説フレーズ毎に交代するも、事前練習通りに腕をしっかり抱き合い、照れが無い様にと会話を交わす様にと徹底指導されている。

 実は、この学年別フォークダンスがかなりの肝で有る。通常の学園ならば、先輩後輩の恋愛にも及ぶが、私立呉実践高校の恋愛事情は同学年がベーシックとされる。

 それは文化感謝祭前からのソワソワ感も募り、来月には厳粛な聖夜祭も行われる事から、この学年別フォークダンスこそで、ベストカップルが急増する運びになる。

 巡るフォークダンスの中で、俺にも、まだ見ぬロマンスが有りきと思いきや。俺樹の名前より先に、巡ちゃんコケティッシュよねと、まあ性別を男子を知りつつつも、敢え無くお預けを食らう。

 そして、吉乃に順番が回ると、ピアノで鍛えられた節の強い両手で握られる。


「私、指ごついわよね。まあ皆、そんなびっくり顔だけど」

「その分努力してるって事でしょう。女子は無理の出来ない体質なのに、吉乃、ピアノも勉強も凄く頑張ってると思う。俺は、そんな吉乃を尊敬する」

「それって、樹にとっての、好きの始まりかしら」

「どうだろう」

「そんな感じでしょうね。お互い長いと、ついのきっかけが無いもの」


 俺はごめんとも言えず、フレーズのブレイクが入るところで、ゆっくり手が離れて行く。いや違うと、再び吉乃の鍛えられた手をもう一度引こうとしたが、誰かの手が滑り込み、柔らかく程良くの手に包まれた。ああ、知ってるさ。


「巡、何処から割り込んで来るんだよ。列を乱して、皆の期待が削がれたら、大目玉だぞ」

「それはさ、私巡と樹って、ほぼ私立呉実践高校の顔でしょう、公認でしょう、ベストカップルでしょう。何を言うかな、樹は、ねえじゃない」

「俺は、まだ認めていない」

「だから、樹は、」


 巡はそのバネだけで、俺を円の内側に引き込み、列から離れ中央へと向かう。更に目立ってどうするんだよ。

 仕方ない、母菜々美のソシアルダンスのお相手フォームから、よりシャープに見せるかと思ったその時、巡が腕を交差させて、重さを全く感じさせず、俺を跨ぎながら半回転しては宙に浮かぶ。


 俺は、ああそれかと。巡が何かと広島市内のスケートリンクに行きたいと、フィギアスケートの動画を見て、一際の関心はペアダンスだった。巡は私は軽いからと言うも。身長が適度にあってバランスどう取れと。到底スケート初心者レベルで会話は、終始駄弁りで終えていた。


 宙へと浮かび上がって行く巡。体重40kg以上に身軽だ。俺自身は指先から爪先迄の軸さえ不動ならば、巡が失態する事なくリフトアップ出来るだろうと、ただ徹した。

 基本姿勢の終わり、掌に重心が乗る。共に同じ方向を向いた両手同士の見事なリフトアップ。俺のタッパがあればだが、皆のオオオ、の声色が何故か真っ二つに割れた。

 何故なのか。真上の巡を見ると、いつものアンスコ有りきのスカートを上と下に大きく開き、何故か雑技団テイストのアクロバティックに興じている。


「巡、ふざけるな、雑技団じゃ無いぞ、地上ペアダンスだ」

「樹、そうだね。このまま逆立ちしようと思ったけど、ナイスアドバイス」


 巡の円らな目が輝く、頭はそのままに、抜群の感覚で倒立し、重量がそのまま軸に乗る。

 ああそうかいと、巡の趣向を垣間見て、俺は垂直に、巡をそのまま推し放つ。

 高く舞う巡は、優雅に宙返り、そこから丁寧に一回捻りで、トンと、しなやかに両足着地で降り立つ。あの滞空時間なら、巡はあと3つ技を出せた筈も、もし失敗したら、俺に恥を掻かせまいと忖度しやがった。俺は心底苦い顔をする。

 そんな俺に、巡はほらと促しては、両足を交差させ、右手を心の臓に置く、カーテンコールのお辞儀。俺もペアだしと、型だけは巡とシンクロさせて、拍手を待つ。


“ブラボー”


 全学年の歓声が劈くと、DJ菅原校長がお開きとしての、ラストワルツを流す。この瞬間、感嘆の他に殺意を持った視線も俺達に届く。

 そう、まだ全学年一周していない。折角のラブアフェアのチャンスが、このレンジャージュンのアクロバティックで、ただふいになるだ。これで、今年のクリスマスギフトが幾つも吹き飛ぶ。まあ、俺も同罪なのだが。


「シャル・ウィ・ダンス」


 巡が右手を懲りずに差し出す。やれと、俺は片膝を折り傅いては召喚に応ずる。

 ここで、DJ菅原校長が清々しくシャウトする。第二幕ですよと。よく知る楽典のワルツが流麗に流れる。

 俺は、まさかの継続に、冷や汗が今頃になって出てくる。ただショウは続く、母菜々美のソシアルダンスの付き合いから、いつしか手慣れたターン&ターンに、巡が持ち前の身体能力で食いついて来る。やるね。余計なお世話だ。

 俺達は、以前として円の中心に折り、俺達のワルツに、皆が見様見真似で、再びのアフェアに繋がり、綻び声も聞こえる。


「本当、最低だよ、巡」

「ふふん、ふわふわして、それどころじゃないから」


 桜庭巡は、さもご機嫌に答える。まあ程よい思い出をご自由にだ。

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Your Life, My Life, and Living. 判家悠久 @hanke-yuukyu

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