エピローグ 隠れ最強、告白する

 ———1週間後。


 俺達は何事もなく、普段通りの学園生活を送っていた。

 生徒達もまるで先日の惨劇が無かったかの様に楽しそうに過ごしている。


 しかし———それも至極当然のこと。

 

 結局ヴォイドロードのことと俺やヘラ、アーサーが戦っていたことは、ヴォイドロードが消滅したことにより元の本に戻った禁忌目録アカシックレコードの力で記憶を消したからだ。


 無駄に強い力は、幾ら此方に敵意が無かろうと、相手を恐怖させてしまい、抹殺されかねない。

 特にヘラやアーサーと違って、身分も出自も大して分かっていない俺など、逆にいつ国家に仇なすか分からないので、貴族達にとっては邪魔者以外の何者でもないだろう。

 そんな面倒なことが起きるのなら、皆の記憶を消した方がマシだ。


 そのため、皆、この前のことを覚えておらず、俺は誰に話しかけられる事もなく中庭に移動出来た。


「ふぅ……やばい……緊張する……」

『お主……ヤバいくらい足が……いや、全身が震えておるぞ?』

「そ、そりゃ緊張してるからだろ……! 何たって———今からヘラに告白するんだぞ!? 緊張しない奴が何処に居るんだ!」


 そう———俺は、学園の中庭のベンチにて、告白するためにヘラを待っていた。

 既に約束の1時間前くらいから待っているのは此処だけの秘密だ。


 今日の朝、『放課後に中庭のベンチに来て欲しいです。伝えたい事があります』という手紙を入れて置いた。

 勿論ちゃんと名前も付けて。


 何故中庭にしたかと言うと、1番人が来ず、目立たないからである。


 彼女は誰もが知る公爵家の令嬢。

 俺の様な平民と付き合うなんて本来はあり得ない事だ。

 だから極力噂されない様な場所……と考えたら此処が出てきたと言うわけである。


「まぁそもそも俺なんかが、付き合えるかなんて分からないけどな」

「———シン君?」

「っ!?」


 俺が半笑いで自虐していると、後ろからずっと待っていたヘラ愛する人の声が聞こえた。

 途端に尋常なく身体が震えるが、俺は何度か深呼吸をした後覚悟を決めて振り返る。


「へ、ヘラ……」

「シン君、私に伝えたいことって……?」


 ヘラは、俺と僅か1、2メートル程度の所におり、顔はほんのり朱色に染まり、視線を右往左往に逸らしまくってもじもじしていた。

 その姿に癒されると同時に、共感性羞恥と言うものなのか、更に恥ずかしくなり、俺の顔に熱が篭るのがハッキリと分かった。

 それと同時に、今俺が人生の岐路に立たされていることをハッキリと自覚する。


 ……これを言えば最後、絶対に今までの関係には戻れないだろう。

 きっとお互いに遠慮して今までの様には話せなくなる。

 だが———俺は決めたのだ。


 

 ———今日、ヘラに告白して、自分の素直な気持ちを伝えると。


 

 俺は汗でびしょびしょになった手を何とか拭おうとズボンをグッと掴み、一歩前に出てヘラと目を合わせる。

 綺麗で力強い真紅の瞳は、ほんの少しだけ、俺の緊張を解き、勇気を与えた。


 俺は決して目を逸らさず、思うがままに言葉を紡ぐ。


「俺は———ヘラが好きです。笑っている時のヘラが好きです。恥ずかしそうに頬を染めてもじもじしている時のヘラも好きです。自慢げにドヤ顔している時のヘラも、真剣な顔で真面目に先輩の指導を受けているヘラも好きです」


 全て、この世界に来なければ触れるどころか一生見ることは叶わなかった表情。

 その全てが新鮮で、可憐でとても美しかった。 


「でも———俺が好きになったのは外見じゃない。表には出さないけど、実は誰かに甘えたいと思っている所。才能に溺れず、誰にも見られない所で必死に努力している所。困っている人がいればさり気無く助ける所も、全部全部大好きです」

「……っ」

「絶対に幸せにしてみせます。ヘラがずっと笑っていられる様にします。ヘラがもう寂しくならない様に、精一杯の愛を捧げます。いつでも甘えられる、頼れる存在になります。だから———」


 俺はヘラの前に手を伸ばし、頭を下げた。



「だから———俺と付き合って下さいっ!」



 







 私が朝、学園に登校した時、下駄箱から1枚の手紙が落ちて来た。

 偶に他の女子が下駄箱に入っている手紙を見てきゃっきゃっと騒いでいる所を見るけど、まさか私の下駄箱に入れる人が居るとは。


 私はその手紙を見て少なからず驚いた。


 しかしこの場で見るのも憚られるので、一先ずトイレに行って読む事にした。

 だが、その手紙に書いてある名前を見た瞬間———朝一で読まなければ良かったと後悔することになる。

 何故なら———


《放課後に中庭のベンチに来て欲しいです。伝えたい事があります。 シン》


 手紙の最後にシン君の名前が書いてあり、明らかにラブレターと思われることが書いてあったからだ。

 その手紙を見た瞬間———身体が燃える様に熱くなり、心臓が五月蝿いくらいに高鳴り始めた。


 それだけではない。


 手紙を握る手から手汗が出て来て、何度ハンカチで拭いても再び濡れる。

 更にまるで自分の体では無いかの様に、思い通りに身体が動かなくなった。


 私は何度も何度も手紙を読み直して他に何も書いてないか確認する。

 何なら魔法が使われていないかまで。

 しかし、これ以外に何も書いてはいなかった。


「……っ」

 

 これは……期待してもいいのだろうか?

 もしこれで告白じゃなかったら、私は恥ずかし過ぎて学園に行けない自信がある。


 私の中で、嬉しさと恥ずかしさ、本当にシン君からなのかと言う疑問など、様々な感情が湧き上がり、ごちゃごちゃに混ざり合う。

 そのせいで今日は人生で初めて授業の話が何一つ頭に入って来なかった。

 いつも通り色んな人に話しかけられるが、どんな対応をしたかも覚えていない。

 

 そして———あっという間に時間は過ぎ、放課後となった。


 私は鬱陶しい取り巻き達を一瞬で撒くと、歩く度に増していく胸の高鳴りを感じながら、書いてあった中庭のベンチへと向かう。


 ———これから何を言われるのか。


 それを考えただけで結局何か分からないのに、頭はショートし全く使い物にならなくなる。


「…………いた……」


 シン君は、ベンチには座らず、何処か浮き足だった様子でその場を何度も往復していた。

 そんなシン君の姿を見ると、緊張しているのが私だけでは無いと分かって少し安心する。


 シン君は余程緊張しているのか、私が近付いても全く気が付かない。

 私とシン君の距離が近付くにつれ、私の瞳はシン君しか映さなくなる。

 そしてあと数メートルになった時———ふと私の耳がシン君の言葉を拾った。


「———まぁそもそも俺なんかが、付き合えるかなんて分からないけどな」


 いつになく自信無さげで、冷たい声だった。

 大きくて逞しくて頼りになる彼の背中が、今は酷く小さく見えた。

 瞬間———私の心が叫ぶ。


 ———『俺なんか』って言わないで!!


 私は貴方に沢山救われたのっ!

 

 そうだ。

 今の私があるのは彼のお陰。


 誰にも愛して貰えることはないのだと諦め、深い深い闇に囚われていた私をまるで御伽噺の勇者様の様に華麗に救ってくれた。

 その時———灰色一色だった私の世界が、色鮮やかに色付いた。


 その後も私に沢山の初めてを与えてくれた。


 ———楽しいことも。


 ———嬉しいことも。


 そして———人を愛すると言う事が、どれだけ辛くて大変かも。


 何もかも、全部全部彼から教えてもらった何よりも大切で大事な私の思い出。

 今の私をカタチ作る身体の一部。


 でも、もう———それだけでは我慢出来なくなったの。


「———シン君?」

「っ!?」


 私が声を掛けると、シン君が驚いた様に身体をビクッと震わせる。

 その姿は少し新鮮で可愛かった。


 しかし、シン君が此方を向いた瞬間、私は恥ずかしくって、目を右往左往としてシン君を見つめる事が出来ない。

 見ようと思うと余計に目が合わせられなくなる。

 

「ヘ、ヘラ」

「シン君、私に伝えたいことって……?」


 シン君が私の名前を呼び、私の瞳をジッと見つめてくる。

 それだけで、私の心も身体も歓喜に震えているのが分かった。


 頬が熱くなる。

 先程まで恥ずかしくて見られなかったというのに、今は彼の瞳から目を離せない。

 漆黒の瞳には、いつもと変わらず———いや、いつもと違って緊張、好意、愛の3つで埋め尽くされていた。


 彼は何を言ってくれるんだろうか。

 もし告白でなかったら、私がその口を塞いでやろうか。

 

 そうだ、そうしよう。

 私の気持ちに気付かない彼が悪いのだから。


 しかし———私がそんなことする必要はなかった。


 シン君が口を開く。


「俺は———ヘラが好きです。笑っている時のヘラが好きです。恥ずかしそうに頬を染めてもじもじしている時のヘラも好きです。自慢げにドヤ顔している時のヘラも好きです」


 いつもは穏やかに微笑んでいるシン君の顔が強張っているのが分かる。

 でも———それすら気にならないほどに私は彼に見惚れていた。 


 今だけは彼の声だけしか聞こえない。

 まるだ世界が私達だけを除いて止まってしまったかの様に。


 しかし、彼の言葉はまだ止まらない。


「でも———俺が好きになったのは外見じゃない。表には出さないけど、実は誰かに甘えたいと思っている所。才能に溺れず、誰にも見られない所で必死に努力している所。困っている人がいればさり気無く助ける所も、全部全部大好きです」

「……っ」


 私を殺しに来ているのだろうか。

 嬉しすぎて死にそうなのに。 


「絶対に幸せにしてみせます。ヘラがずっと笑っていられる様にします。ヘラがもう寂しくならない様に、精一杯の愛を捧げます。いつでも甘えられる、頼れる存在になります。だから———」


 彼は私の前に手を伸ばし、頭を下げた。



「だから———俺と付き合って下さいっ」



 ああ……皆が感じる『幸せ』と言うものが、やっと分かった気がする。


 彼を見るだけで愛おしくって、彼が居るだけでもう他に何も要らないと思える。

 隣に彼が居るだけで、心が満たされる。

   

 私は視界が涙でぼやける中で、幸せを噛み締め、そっと、彼の手を取った。




「———はい、喜んで」




 私は嬉しさのあまり彼に抱き付く。

 彼も珍しく感極まった様に涙を流して私をギュッと抱き締めた。


 きっと、この日のことは絶対に忘れないと思う。


 

 そして———間違いなく、人生で初めて心の底から幸せと思える瞬間だった。


 

———————————————————————————

 これにて本編完結です。

 推しと結ばれる話が書きたくて書いた作品ですが……どうだったでしょうか?


 これからは2人が結ばれた後の話、後日談を1、2週間に1話位の頻度で10話前後投稿したいと思います。

 

 ここまでお付き合い頂いた読者の皆様、本当にありがとうございました!!

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