第11話 ヘラが可愛い(第1関門———序列戦開幕)

 部活入部から2週間後。

 俺達1学年は、全員が試験を受けた第1修練場へと集まっていた。


 この2週間は、思った以上に平穏な日々を過ごせており、最初ほど教室に生徒が押し寄せてくることはない。

 まぁその代わり、毎日部室には人が押し寄せており、日に日にドバン先生の顔に疲れが見え始めているが。


「———どうしたんだい? そんなに緊張して」

「……いや、少しな。序列戦が心配なんだよ……」

「ああ……確かに心配だね。最初の騒動は序列戦だもんね」


 緊張で顔が強張る俺にアーサーが訊いてくるが、理由を聞いて俺と同じ様に少し緊張に表情を強張らせた。

 

 そう———アーサーの言う通り、この序列戦で最初の騒動が起こる。

 ストーリーでは、ヘラが序列戦で1位を獲得するのだが、その最終戦の前で、反ドラゴンスレイ家の勢力が学園を襲う。

 理由は全生徒と教師が第1修練場に集まるため、学園の他の校舎はもぬけの殻だからだ。


 反ドラゴンスレイ家の勢力は、今後主人公の敵として出てくる邪神信仰者達によって操られている。

 そんな邪神信仰者達の狙いは、校舎の地下に保管されている精霊石と呼ばれる世界に1個しか無い貴重なアイテムだ。

 

 それは強制的に神霊を召喚、契約をする事が出来る過去の遺産で、誰もが喉から手が出るほど欲しがる代物である。

 そんな精霊石を盗もうと侵入した反ドラゴンスレイ家の精鋭達は、途中で精霊達の導きで現れた主人公に見つかってしまい、主人公が先生が来るまで耐える、と言うストーリーなのだが———


「あのカイが来る気がしないんだよな……」

「……確かに。それに、今のカイなら決勝まで来そうだよね」


 恐らく、と言うか十中八九来ないだろうな。

 何故なら、そのストーリーを受けなくても主人公には1ミリもダメージがないからだ。


 しかし、ヘラにはダメージがある。

 今回の襲撃は精霊石だけでなく、邪神信仰者達の仲間を探す場でもあるため、この時にヘラが目を付けられるのだ。

 だから此処でそのフラグをへし折っておけば、邪神契約者となる確率がグッと減ると考えている。

 

「———頑張らないとな」

『儂の出番もあるかのう?』


 最近はあまり話していなかった爺さんが、少し楽しそうな声色で訊いてくる。

 どうやらずっと固有精霊界にいるせいで退屈している様だ。


『安心しろ爺さん。今回は爺さんの力も借りるから』 

『本当か!? それは腕がなるのじゃ!』


 そう———爺さんが居なければ絶対に勝てない相手もいる事だしな。

 この時期では俗に言う、負け確の相手がな。


「シン、もう始まるよ。早く並ばないと」

「分かった。直ぐに行く」 


 俺がクラスの下へ走っていると———

 


「———それでは第1学年の序列決定戦開幕です!!」



 先輩の女子生徒の合図と共に、この鬱ゲー世界で最初の関門である序列戦が始まった。

   








「———シン君! やっと見つけた……!」

「へ、ヘラ!?」


 俺は自分の番が来るまで人気のない森の中にあるベンチに座っていたのだが……何とこんな誰も知らない様な所に、普段とは口調の変わったヘラが来たのだ。

 それも見た感じ金魚のフンの様な奴らもいない。

 俺は驚きのあまりベンチから立ち上がって呆然としてしまった。


「ど、どうして此処に……?」

「試合の前にシン君と話したくなって……でもシン君の姿がないから……色々と探してたの」


 『少し時間が掛かったから直ぐに戻らないといけないのだけれどね』と言って、照れた様に頬を薄紅色に染めるヘラの姿は正に世界を救う力があった。


 か、かわぇぇぇ……なんだよこの可愛い生き物は……!

 俺を探していただと?

 ……?

 これ……夢か? 

 俺はまだベッドの中でスヤスヤと気持ちよく寝ているのか?


 俺はあまりにも現実離れしたシチュエーションに、自分が寝ているのかと思い何度も頬を引っ張ったりしてみる。

 しかし、ちゃんと痛いので、夢じゃない様だ。 


「……どうして俺を探して……?」

「えっと……『頑張って、ヘラ』って言って貰いたかったの……ダメ?」


 俺よりも少し低いヘラは、少しだけ上目遣いで俺を見上げると、一方俺に近付いて恥ずかしそうに、健気で可愛いことを言う。

 そんなヘラに一瞬にして数回尊死と蘇生を繰り返した後、五月蝿いくらい高鳴る心臓を抑えて口を開いた。


「が、頑張って、ヘラ……!」

「ありがとうシン君……! 私、絶対に優勝して序列1位になって見せるからね!」


 目を輝かせて嬉しそうな笑みを浮かべたヘラは、俺にお礼と決意を口にして小走りで会場へ戻って行った。

 

 1人残された俺は、力が抜けた様にベンチにもたれかかり……火が吹き出そうなほど真っ赤になった顔を手で覆った。

 

「……それはズル過ぎるって……」











「少し恥ずかしかったわ……でも、それ以上嬉しい……」


 ヘラは先程シンに言ってもらった言葉を反芻しながら緩みそうになる頬を意識して抑え、武舞台に上がる。

 普段は気になる他からの無数の視線が、今だけは全く気にならず、ヘラの集中力は過去最高レベルにまで達していた。


「それではヘラ・ドラゴンスレイVSアリアの対戦を始めます!」


 極限の集中力に達したヘラに、対戦相手であり、この世界のメインヒロインの1人であるアリアが、露骨にヘラに憎悪の感情を示して睨む。


「貴方がヘラね……! 私のカイの視線を奪うとか万死に値するわ!!」


(誰かしらこの五月蝿い女は。見た感じそこそこ強そうだけれど……折角シン君に応援されて嬉しい気持ちで一杯だったのに……)


 嬉しい気持ちを阻害されたヘラも露骨に機嫌が悪くなる。

 そんな険悪な2人の雰囲気に気づいた審判は急いで開始のゴングを鳴らした。


 瞬間———全身に身体強化を施したヘラが、まるで弾丸の様に空気を切り裂いてアリアの背後に移動する。

 そしてアイリーンに教えてもらった、無血で相手を制圧する方法———首元に手刀を落として僅か2秒足らずでアリアを気絶させた。


「———審判」

「あ、し、しょ、勝者———ヘラ・ドラゴンスレイ!!」


 唖然としていた審判は、ヘラに呼ばれて意識を取り戻し、吃りながらも即座に終了の号令を掛ける。

 しかし観客の生徒も教師も目の前の圧倒的な力を前に呆然としている様子だった。


 しかしそんな事など微塵も気にしないヘラは、再びシンがいるであろうベンチへと、勝利したことを報告しに鼻唄を口遊みながら向かった。


「今度は『よく頑張ったね、ヘラ』って言って貰おうかしら……?」


 とある愛読書の少女漫画のワンシーンを思い浮かべて、頬を赤く染め、少し口元を緩めながら———。


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 現在、作者が力尽きるまで1日2話投稿をしています。

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