第8話 ヘラの入部理由

 現在、武術部の部室では気まずい空気が流れていた。

 2人の先輩方は2人でコソコソと『何でこんな弱小部にあの神童が来たんだよ?』『私だって分からないって』などと言い合い、ドバン先生はひたすら強面を全面に出して沈黙中。


 ヘラは俺の作ったコーヒーを飲んでくれている。

 それ自体は天にも昇るほど嬉しいが、この気まずい雰囲気は何とかしてほしい。

 

 俺がひたすらにそう願っていると、遂にアイリーン先輩が動いた。


「そ、それで……け、結局ヘラ様も入ってくれるの……ですか?」

「はい。それに敬語は必要ありません。もっとフランクに話してもらって大丈夫ですよ」

「本当か!?」

「本人が言っても敬語無くしちゃダメでしょ! 私達より圧倒的に地位が上なんだよ!?」

「そ、それはそうだけど……」


 ヘラは多分結構勇気を出して言ったのだろうが、それをどうしても公爵家という肩書きが邪魔をする。

 確かに2人は先程聞いた限りでは子爵程度の貴族家らしいので、敬語を抜くのは難しそうだ。


 少しシュンとして悲しそうなヘラに、ずっとダンマリを決め込んでいたドバン先生が口を開いた。


「……1つ聞いても?」

「はい。全然大丈夫ですよ。何でも聞いてください」

「ヘラ様は何故この部に入ろうと? 自分の部を貶すわけではないが、この部活は全部活内でも圧倒的に部員が少ない。それに貴女程の実力があれば他の部活からも引く手数多のはずだが……」

「…………」


 ドバン先生の言い分は尤もだ。

 俺も、正直ヘラは武術部以外に入った方が断然いいと思う。


 特に魔法関係について学んでおけば、将来1度受ける誘惑の魔法にも耐性が出来るかもしれないからな。

 

「……先生と2人きりで話がしたいのですが」

「「「「??」」」」


 ヘラの言葉に全員が首を傾げる。

 しかし流石教師なだけあり、ドバン先生が即座にヘラの意図を汲み取ったのか、先輩方に俺を案内する様に指示して、部室から俺達を遠ざけた。

 俺達も特に反対する理由もないので先生の指示に従い、部室から出る。


 部室から出た俺達は、3人で目を見合わせ———


「取り敢えずこれからよろしくね? 私はアイリーン。アイリーン先輩って呼んでね」

「宜しくお願いしますアイリーン先輩」

「———っ!? う、うわぁぁぁぁ……私初めて先輩って言われたよ」

「俺のことはバージ先輩とでも呼んでくれ! これから俺達が部活内容と部活をする場所の案内もしよう! しっかり覚えて帰ってくれよ!」

「はい! よろしくお願いします!」


 と言うことで、俺は愉快な先輩方に案内してもらうこととなった。








「……一先ず人払いは済ませたぞ。それで……どうして武術部に入ろうとしたんだ?」


 ドバンは目の前に座るヘラに問い掛ける。

 正直ドバンには、ヘラがこの部活に入る理由が分からなかった。

 

 昔、ドバンはまだ10にも満たないヘラの姿を見た事があり、その時ですら自身に比肩するほどの武術の腕前だったのを、鮮明に覚えていた。

 そんなヘラが5年も経てば、既に自分が彼女に教えれることなど何も無いことは目に見えている。

 

 それなのにヘラがこの部活に入るという意味がドバンには分からなかった。


「此処に入った理由ですか……本当に今から話すことは他言無用でお願いしますね?」


 ヘラは丁寧な口調ではあるが、その華奢な体躯からは考えられない程の強烈な威圧感を纏っていた。

 あまりにも強力で強大なプレッシャーに、ドバンは表情を変えはしなかったものの、冷や汗が全身から滝の様に噴き出す。

 

「……分かった。俺の全てを賭けて誰にも漏らさない事を誓おう」

「ありがとうございます」


 ヘラは先程まで纏っていたプレッシャーを一瞬で霧散させて笑みを浮かべる。

 まだ15歳でありながら、如何に自分を大きく見せるかを分かっているヘラに、ドバンは底知れぬ恐怖を感じる。

 そんなドバンを見ながら———ヘラが口を開いた。


「今、ドバン先生は私の事が『怖い』と思いましたよね?」

「っ!? な、何故分かった?」


 自身の心情を完璧に把握されていることにドバンは驚く。

 そしてすぐに罪悪感を感じて謝ろうとするが、それすらも先にヘラの手によって止められる。


「謝らなくても結構です。


 そう言うヘラの表情は、悲しそうに、されど既に諦めているかの様で……とても15歳の少女がする顔ではなかった。

 ドバンは何かフォローを入れようとするが、既にその顔をさせてしまった自分にその資格が無いと気付き、口を噤む。


「私には昔から他者の感情が読める能力がありました。それは制御出来ず、相手の目を見れば絶えず流れてきます」

「…………」

「そして皆、私を見て、必ず何処かに恐怖を感じていました。その他にも大抵私に向けられるのは負の感情ばかり」


 ドバンは考える。

 仮に幼い頃から他者の負の感情を浴び続けて、正気を保っていられるかを。


 結果は否だ。


 絶対に耐えられない。

 その内心が病み、外部との関係を完全に遮断するか、下手すれば自らの命を絶っているかもしれない。


 それを目の前の少女は———ヘラは15年間も耐え続けてきたのだ。


「でも———彼だけは違ったんです」

「……彼? ———まさか」


 ドバンは思わず声をあげそうになるも、外に聞こえては行けないと口を抑えて我慢する。

 それと同時に自分が聴かせられていることの重大性に気付いてしまった。


 ヘラは、先程の暗い表情を一転させ、年頃の乙女の様に、嬉しそうに、何処か浮かれた様な表情を浮かべた。


「彼は———シン君だけは、私を見ても皆の様に恐怖を抱いていなかった。それどころか私に対して1つの負の感情も抱いていませんでした」

「…………」


 ドバンは終始無言のままだが、ヘラは頬に手を当てて気にせず話を続ける。

 

「私はそこからシン君の事が気になり始めたの。試験の時に試験官を圧倒的な力で残酷な勝利を上げたのに、シン君だけは私に負の感情どころか、純粋な尊敬と安心の眼差しを向けているのよ。その後もずっと追跡してたのに怒る素振り1つせずに歓喜の感情を溢れさせて……ふふっ、あの時のシン君はちょっと可愛かったわね……」


 そう話すヘラは、ほんのりと顔を赤く染め、ニマニマと口元が緩み切っていて、口調も変わっていることから、完全に自分の世界に入り込んでいた。

 

「私は、シン君が今までの人生で1番気になっているわ。これが『好き』とか『愛してる』なのか、純粋に友達として好きなのか分からないけど……私は確実にシン君に惹かれているわ」


 だから。とヘラは表情を整えてドバンに告げる。


「私はこの部活に入りたい。私はシン君の事がもっと知りたいの。そしてもっと仲良くなりたいのよ」

「……………そう、か……理由は分かった。他言無用という意味も。……入部を認める」


 ドバンがそうヘラに告げると、ヘラは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「じゃあ私はシン君達を追いかけますね?」


 口調を戻したヘラは、鼻唄を歌いながらご機嫌そうに部室を出て行った。

 そして1人残った部屋でドバンは呟く。


「シン……お前は一体何者なんだ……?」


 その言葉は誰にも聞かれる事なく虚しく消えていった。

 

 

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 現在、作者が力尽きるまで1日2話投稿をしています。

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