第2話 地下通路にて
そして放課後。
「体育館裏、体育館裏っと…」
やたら広い敷地内を、目的地に向かって歩く。この学園都市を迷うことなく歩けるようになったのはいつだったろうか。高校からこの学園都市に通い出した飛鷹は一年の秋頃にようやくだいたいの施設を把握できるようになった気がする。
「……あれ、あいつなんで高校の体育館知ってんだ…?」
入学式は基本的に別館にある講堂で行われるのだ。だから高校からの入学であればまだ体育館の場所なんて知らないだろう。愛花はもしかして、中学か小学校からここに通っていたのだろうか。
まあなんにせよ、飛鷹には関係のないことである。飛鷹は見えてきた体育館の裏手に回った。
生徒数も多い学園都市だから校舎はもちろん、体育館もそれなりの大きさだ。その体育館に比べるとずいぶん小さく見える人影が、体育館の壁を背にして立っていた。
黒く長いストレートヘアにぱっちりした二重。長い睫毛に縁取られたその大きな目は今は伏せられており、手元の端末に視線を向けていた。まだ新しい制服に身を包んだ彼女からは、とても飛鷹と決闘をしようなどという雰囲気は感じ取れない。なら告白かと思うがそんな雰囲気でもないのだ。飛鷹は何の用かと困惑しながら愛花へと近づいた。
「あ。小刀祢先輩、来てくれたんですね」
「まあ…。で、きみはおれに何の用?初対面だったと思うんだけど…」
「ちょっと着いてきてもらっていいですか」
愛花はそう言うと、飛鷹の返答を待つこともなくさっさと歩き出してしまう。飛鷹も慌てて後を追うが、一体どこへ向かうつもりなのか、本当に困惑し始めた。彼女の歩く先には体育倉庫くらいしかないのだ。まさか体育倉庫に閉じこめるつもりなのかと、飛鷹は己の被害妄想で顔を真っ青にさせる。
「ここです」
「やっぱり!?」
「…?なんですか、やっぱりって」
「あっ、いや、お気になさらず…」
体育倉庫の前で立ち止まった愛花は、躊躇うことなくガラガラと倉庫のドアを開けた。鍵を開けた素振りはなかったので、元々開けておいたのか、それとも鍵などそもそもかけていないのか。どちらにせよ、中に人の気配はないので飛鷹はホッと胸を撫で下ろした。集団で殴られる可能性もあっただけに、かなりびくびくしていたのである。
「これ、見たことあります?」
愛花が左手首につけたリストバンドを見せてきた。薄い桃色のそれは中心に白く小さな石が埋まっている。それを見た飛鷹は、美郷の左手首を思い浮かべた。
「たしか……美郷も似たようなのしてた気がする。それ、どっかのブランドものなの?高そうな石ついてるけど…」
「いや、見たことあるならいいんです。別に高価なものでもないですし」
「あ、そう…」
そう言うと愛花は置かれていた跳び箱をずるずると動かした。するとその下に現れたのはハッチのようなもの。床下収納だろうか。
愛花はそこにしゃがみ込むと、取っ手部分に左手首のリストバンドを当てた。ピッと音がしたと同時に、床の板が跳ね上がった。
「マジでハッチじゃん…」
中を覗き込むと階段がある。予想もしていなかった展開に、飛鷹はぽかんとした。まさかこんなものが高校に存在しているとは。いやそもそもなんでこんなものが高校にあるんだ。様々な考えが頭に浮かんでは消えていく。
「何ぼさっとしてるんですか。行きますよ」
「えっ、行くの!?」
「行かなくてどうするんですか。この存在を知ったからにはタダでは帰しませんよ」
「問答無用で見せられたんだけどね!?」
「ほら、早く。人に見られたらどう言い訳すればいいんですか。小刀祢先輩といちゃつきたくて体育倉庫の床に小部屋作っちゃいましたーウフフ、なんて言い訳、吐き気がするんですけど」
「そんな言い訳しなくていいよ!?あと吐き気がするとか言わないで!!普通に傷つく!!」
やれやれと肩をすくめた愛花が階段を降りていくのを見て、飛鷹もおそるおそる階段を降りる。開けた床が閉まると中は暗闇に包まれるが、階段はさほど長くない。
階段を降り切ったところで愛花が壁際の何かのスイッチを入れた。パチン、と音が鳴り、順番に天井の明かりが灯る。
「……いや、長いな」
かなり長い廊下が続いているように見える。途中でカーブしているようで、ここからでは先は見えない。
「…キラーブレイク起動」
「おわっ!?」
飛鷹の隣に立っていた愛花が呟くと、愛花の服装が一瞬で変わった。黒くピシッとした制服のようなもの。黄色のラインが腕やプリーツスカートの裾に入ったそれは、まさしく隊服のように見えた。肩のあたりと胸には『100_02』という数字が入れられている。
「レイドって知ってます?」
「レ、レイドってあれでしょ、なんか戦う」
「特殊能力戦闘機関、通称レイド。私はそこの一員」
黒いネクタイを緩めながら歩く彼女の後ろを、三歩ほど開けて歩く。
レイドとは三十年ほど前に設立された組織だ。とある組織を制圧するために作られたレイドという組織は、今もなお日桜ノ国を守るために存在している。
「じゃあ、キラーブレイクについてももちろんご存知で?」
「えっと、まあ」
キラーブレイクは日桜ノ国の人間なら誰もが持っている特殊能力のことだ。五つの属性に分かれていて、それらを使った事件やそれが絡んでいる案件を主にレイドが扱っているらしいと、飛鷹は噂で耳にしたことがある。たしか、高校生以上でキラーブレイク量が50以上なければレイド隊員にはなれないとも。
「あの、樹村…さん?一体おれたちはどこに向かってるのかな…」
一箇所だけ、電気がついていないところがある。そこはどうやら天井がガラスになっていて、太陽光が中に入るようになっているらしい。地下にいながらも太陽光を浴びることができるスポットとして作ったのだろうか。
愛花がそこで足を止めたので、飛鷹も足を止める。太陽の光で、二人の影が足下に伸びる。
「心当たり、ありませんか」
その静かな声に、え、と声が漏れた。
「私たちが気付いていないとでも?」
ぞわりとした何かが背筋を撫でたような感覚に陥る。ドクドクと心臓が跳ね始め、身体を流れる血がどんどん下がっていくのが分かった。
振り返った愛花は変わらぬ鋭い目で、飛鷹の足下を指差した。
「それ。ずいぶんいい能力ですね」
その指先を追うように目を落とした先には、飛鷹の足下で、飛鷹とは全く違う動きをしている――己の影があった。
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