第3話 地下通路にて・2

 日桜ノ国は、昔から特殊能力を使った事件が相次いでいた。地区同士での揉め事でよく戦争も起こるし、その度に関係のない人々が犠牲になる。戦場となって家は壊され、人が住めなくなって国から捨てられた地帯を国は放棄地帯とした。危険かつ一般人の立ち入りが許されなくなったその地帯に最も近い地帯、解放地帯。一応人は住めるし家賃も驚くほど安いその地帯では、一切の安全が保障されていない。

 幼い頃、飛鷹はその解放地帯に住んでいた。治安も悪かったが、母子家庭の小刀祢家には金がなかった。いつしか母が失踪し、飛鷹には母の借金が残った。借金取りに毎日のように追われていた頃、それは現れた。

 借金取りの隙をついて窓から逃げようとして、しかしベランダにももう一人いて。捕まったと思ったと同時に視界に写った己の影。そいつは『ケケケ』と笑った。その後どうなったか飛鷹の記憶からは消し飛んでしまっているのだが、気が付いたら飛鷹は戦争孤児が集められた施設にいた。

 それから飛鷹の影は、時折姿を見せては飛鷹と遊び、そしていつの間にかいなくなっていた。自分の影と会話する飛鷹を見た友人たちは気味悪がり、離れていった。それ以降、これは悪いものなのだと、よくないものなんだと隠して生きてきたのだ。

 それが、なぜ。なぜ初対面の少女にばれているのか。

 飛鷹は、冷や汗でぬるつく手をぎゅ、と握りしめた。


「……いい能力って、どういうことだ」

「あなたのキラーブレイク属性は影光ですよね」


 キラーブレイクには五つの属性がある。火岩、氷水、風花、雷天、そして影光だ。火岩なら火と岩、氷水なら氷と水、といったように属性によって使える能力が違う。飛鷹は影光属性で、一般的には影と光の能力を使えるとされている。一般的には。


「影光属性って使用者が少ないんですよ。全人口の中で火岩、氷水、風花が25%ずついるとしたら雷天は15%、影光は10%の確率なので」

「……そうみたいだね」

「影光って、かなり難しいんです。能力がちゃんと使えればかなり強いけど、その分デメリットもある…。まさにハイリスクハイリターンなんです。例えば火岩は火も岩も同時に出すことが可能だけど、影光は影と光を同時に出すことはできない。手間がかかる分、その攻撃力は他とは桁違いだと聞いてます」


 饒舌に語る愛花は、ゆっくりと歩み出した。これはまだ着いてこいということなのだろう。一体どこに連れていかれるのか、まさかレイドに監禁されるのでは、と再び飛鷹の頭の中では被害妄想が膨らんでいく。


「えっと…樹村さんは何が言いたいの…」


 太陽の光がなくなったことで影は消えた。また太陽の光が差し込んでくるところはないかと、天井を警戒しながら愛花に尋ねる。


「つまり、小刀祢先輩もレイドに入りませんかって言ってます」

「……はい?」

「オーケー、返事は『はい』ですね?物分かりが早くて助かります」

「言ってない!!言ってないから!!今のは聞き返したときの『はい?』だから!!イエスって意味じゃないの!!」

「返事は『はい』だけだと思ったんですけど」

「なんでそう思った!?!?」


 飛鷹が詰め寄ると、愛花はきょとんとした顔をし、そして恐るべきことを口にした。


「だって拒否したら、死ぬんですよ?」

「死ぬの!?なんで!?」

「いやいや…。しらばっくれても無駄ですよー。小刀祢先輩、キラーブレイクが使えるようになった時のこと、覚えてるでしょう」

「いいえ」

「……なるほど、小刀祢先輩はキラーブレイク初動時の記憶を無くすタイプでしたか…」

「なに?何の話?」


 あまりにも噛み合わない会話に、飛鷹は困惑する。

 キラーブレイク初動時とはなんのことだ。そもそも拒否したら死ぬってどういうことだ。飛鷹の頭の中にぐるぐると疑問が回る。


「いいですか、小刀祢先輩。小刀祢先輩のキラーブレイクが初めて作動した時、あなたは借金取りに絡まれていたと聞いています」

「ああ、あの時の…」

「その時、自分の影が動きませんでしたか」

「動きました」

「それが小刀祢先輩のキラーブレイクが初めて作動した瞬間です」

「……あれ、つまりおれの影が動いてるのは影光属性の能力が発動しちゃってるからってこと…?」


 飛鷹がそう言うと、愛花はコクリと頷いた。


「小刀祢先輩は自分の意思で影を操作したり、能力を使ったりしたことはありますか」

「そういえば…ない、かも」

「ですよね。そんなことができてたらあんなこと、起こるはずもありませんし」

「あんなことって…!?」


 愛花の口から飛び出す不穏な台詞に、先程から飛鷹はビクビクしっぱなしである。

 堂々とした歩みを止めることなく話す愛花に対し、飛鷹の挙動不審さといったら、それこそ不審者を疑われるほどだ。誰もいない地下であったことが不幸中の幸いといったところだろうか。


「小刀祢先輩を追っていた借金取りの方々なんですけどね」

「うん」

「重傷を負って病院に担ぎ込まれたんですよねぇ…」

「えっ!?それっていつ!?」

「小刀祢先輩がキラーブレイクを初めて使った時ですって」

「それは、その…、一体誰が!?」

「あなたですよ、小刀祢先輩」

「おれが!?当時まだ十にもなってない歳の幼いおれが!?どうやって!?」

「だーかーらー。当時のあなたがキラーブレイクで借金取りの野郎共をぶちのめしたんです。借金取りたちは大怪我を負って病院に逃げ込んだらしいですよ」


 おそらく飛鷹の影が動いたあの時、記憶は抜け落ちてしまっているがどうやら影が暴走し、相手に重傷を負わせてしまったようだ。

 記憶がありませんでは済まされそうにない事案に、飛鷹は冷や汗が止まらない。


「状況を鑑みても、正当防衛ではなく過剰防衛であると判断されています。当時小刀祢先輩は幼かったため見逃されていましたが、高校生となった今、罪を償って貰わないと困るとレイド側が言ってます」

「そ、それ、なんで今になってなの…?おれ高校生になったの去年だよ…?」

「レイドにも色々ありまして。小刀祢先輩が高校生になった時、小刀祢先輩に近づける人間がいなかったんです。小刀祢先輩の影光に匹敵するレベルで、高校生である小刀祢先輩に近づいても問題ない人間が。なので私が入学した今年になってしまいました。遅れてすみません」


 愛花にそう謝られ、飛鷹はうろうろと手を彷徨わせた。経緯を聞く限り、謝らなければいけないのはこちらの方だろう。一般人相手に幼かったとはいえ、大怪我を負わせたのだ。しかもキラーブレイクで。そして罪を償ってもらうことを通達しに、わざわざ愛花が入学してきたのだ。なんとも手が込み時間がかけられた通達である。

 飛鷹は申し訳なさで顔を俯けた。


「ですから、小刀祢先輩がこの勧誘を拒否したら、レイドに監禁されて最悪死刑です。保釈金が払えるなら話は別ですが、戦争孤児という身の上になっているあなたに保釈金なんて払えるとは思えません」

「ちなみに、その保釈金っていくら?」

「それ聞いちゃいます?」


 愛花は飛鷹に黙って広げた手を見せた。

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