第111話 やっぱそうなるか

 ――――そして一ヶ月後。


「……ちょっと待て……自堕落にもほどがあるだろう」


 無茶苦茶に散らかり倒したリビングをみて孝之はガックリと膝を落とした。

 学校から帰ってみると、朝キレイだったソファーのまわりはカップラーメンの空容器、お菓子の空袋、食べかけの缶詰などで埋まっており、散乱したビールの空き缶は廊下に転がるほどにグチャグチャになっていた。


 部屋を荒らした本人はソファーで気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 下着姿で股を開いて、おへその下に油性か水性か、赤い極太マジックで『弟専用』と書かれている。

 そんなバカ姉の腹に、コンビニで買ってきた熱々の肉まんを置いてみる。


「ど熱っちゃぃっ!??」


 ブリッジで飛び起きる優衣菜。

 孝之はすべてを見透かしたような表情で、


「やっぱ寝たフリしてたろ、もうホントやめてくれよ帰宅早々疲れるから……」

「なによう、こんな美人のお姉ちゃんが酔って下着姿で寝てるのよ!! 普通イタズラするでしょうがっ!??」

「そんな普通はこの世に存在しない」

「あんたのゲームの中には存在してるでしょ!! 再現してあげてるの!!」

「俺はゲームと現実はキッチリ区別する派でね、姉ちゃんや慎吾とは違うんだよ。てかもう一ヶ月だぞ? いつまで療養するつもりだ?」


 試験が終わると、さすがの優衣菜もちょっとやつれてしまっていた。

 化粧(仮装)を取った顔は真っ青で、やはり相当に無理をしていたのだろう。

 翌日には熱を出し『特別な注射をくれたらすぐ治ると思うの』などと絡まれたので、愛美アフロディーテ呼んでお望み通り特大座薬をぶち込んでもらった。


 それからは体調が回復するまで好きにさせていたのだが、熱が下がっても『心の疲れが癒えないの』とかなんとか……とにかくまったく動こうとしない。

 どっきゅん国葬さんから次々とお金が振り込まれてくるので、お小遣いに困らないのが悪循環になってしまっている。


「だってぇ~~~~あとのことは考えなくていいって言ってくれたじゃな~~~い」

「あれは……そうだけど。でも生活はちゃんとしてくれよな!!」


 でなければ、まるっきり元の木阿弥もくあみじゃないかと額を抑える孝之。

 そんなとき――――ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。

 インターホンに出てみると画面には郵便配達員が映っていた。


『こんにちは、郵便局の者ですが三笠優衣菜さん宛に簡易書留郵便を届けにきました、サインか捺印をお願いします』

「だってさ、たぶん合格通知だ」

「ええ~~~~~~~~……」


 もの凄~~く面倒くさそうな顔をする優衣菜。

 期待に胸膨らませた孝之は笑顔で玄関へと向かった。





「あ……ありがとうございます……?」


 どうする?

 通報か!? 通報なのか!??


 困惑極まった冷や汗を流しながら、配達員さんはサインを受け取った。

 宛名は女性向けと思われたが、出てきたのは学生風の青年。

 一応、続柄を確認したら弟だと言ってきたので受け取りのサインをお願いした。


 書いてもらっている最中、肩越しから家の中が見えてしまった。

 覗くつもりはなかったが目に入ってしまった。

 すぐに視線を戻したがその視界の端に、見てはいけないモノを見てしまった。


 柱の陰からこちらを見ていたのだ。

 うらめしそうに涙を流す、顔色の悪い、美人の女性が。 


 女性はあられもない下着姿。

 よく見えなかったが下腹部に赤い……血のような跡が付いていた。

 目線を合わせると怯えるように引っ込んでしまったが、部屋からこぼれ出る酒の空き缶が、この家の荒廃を音もなく伝えている。


「あの……なにかヘンなモノ見えました?」

「あ……いや、その――――あ、ありがとうございました!!」


 普通っぽい青年の顔が逆に恐ろしい。

 配達員さんは、その迫力に押されて慌てて逃げ出してしまった。





「……なんだか……もの凄い誤解をされているような気がするな……」


 まあ……いいか。

 孝之も優衣菜との生活に慣れてきて、多少のことじゃ動じなくなった。

 世間体とか、後ろ指とか、捕まらなければもう何だっていい。

 ……我ながら強くなったもんだと、受け取った封筒を見る。

 差出人は文部科学省。


「お~~~~い、姉ちゃん。やっぱり合格通知みたいだ」

「む……無理無理……無理」


 呼ぶ声に、ちぢこまって奥に隠れてしまう優衣菜。


「……なにが無理だよ?」

「怖い怖い……た、孝之……かわりに見て……」

「合格だってさ」

「はやっ!?? うぎゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーし、心臓がぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 そんなことだろうと、言われる前に封を開けていた孝之は速攻で結果を告げた。

 心の準備もへったくれもなかった優衣菜の心臓は驚きでヒュンとなり、痙攣で止まりかけた。


「……合格してたらンニャララとか、不合格だったらアニャララとか、間を開けたらいろいろ甘えられそうだったんでな。悪く思うな」

「ぐぅぅぅぅぅ……おのれ……許すまじ孝之――――……ぐふ」


 かくして、優衣菜の高等学校卒業程度認定試験は、おめでたい結果であっけなく幕を閉じたのだった。

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