第110話 得たもの

「ほほう? それでご一緒に進学なさると?」

「いやいやまさか!! んなわけねえってっ!!」


 営業帰り、コーヒーを飲みに立ち寄ってくれた夏川サラリーさん。

 カウンター越しに笑顔を向けてくる彼に愛美アフロディーテは冗談じゃないと強く首を振った。


「私はいいんだよ、学歴とかなくたって!! こっちの腕で食っていくんだから」


 カンカンとフライパンを小突く。


「そうですか。もちろんいいと思いますよ。このお店はコーヒーも料理も大変美味しいですから。立派な能力だと思いますよ」

「ほんとに~~? 優衣菜の料理と比べてねぇか?」


 疑わしい目を向けてくる愛美アフロディーテに苦笑いする夏川サラリーさん。


「本当ですよ。それにその高梨会長のお言葉『学問よりも心が大切』……。私もそれには賛成ですね」

「へえあんたもそう思うのかい? ……あんただって一流大卒だろう?」

「はい」


 屈託ない笑顔。


「でも営業なんてやってますとね、頭の善し悪しだとか関係ないんだなと思い知らされるときがよくあるんですよ。けっきょく強いのは勉学が得意よりもコミュニケーション能力が高い者。心の良い者。……人間性が大事なんだとね」

「まぁ……でも、バカすぎても問題だろう?」


 自虐的に、自分を指さして言う愛美アフロディーテ。 

 そんな彼女の入れてくれたコーヒーを美味しそうに飲んで、


「もちろんそうですが、一般職の場合そこまで学力がなくても務まっちゃうんですよね。特に今は優秀なアプリやAIなんかも登場してますし。一部の専門職以外は学よりも〝やる気〟〝根性〟〝人付き合い〟のどれかが得意な人間のほうが重宝します……古風なようですが実際そうなんです。なのでもっと求人の窓口を広げてみてはと提言はしているんですけどね」

「一流会社は求める人材も一流ってか?」

「古いプライドですよ」


 皮肉っぽく笑う愛美アフロディーテに困り顔の夏川サラリーさん。

 実際、デザイン部門も美術大卒。最低でも専門学校卒しか取っていない。

 もちろんそれらは優秀なのだが、それだけ〝が〟優れているわけではない。

 様々な事情で、はたまた能力の偏りで進学していない者も多い。

 取りこぼしている天才がまだまだいるはずなのだ。

 その一人が優衣菜だと思っている。


「へぇ……まぁたしかにいまはコンピューターがなんでもやってくれるからなぁ。だったら、たとえばだけど……私もあんたの会社で務まりそうか?」

「大丈夫と思いますよ? 客商売の経験はかなり有用なスキルですし、なにより美人です。それは凄い才能ですよ?」

「しれっとそういうこと言えるあんたもヤリ手だね~~?」

「そうでしょう?」





「むおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 午前中最後の科目。

 気合で解きまくると、あっという間にベルがなった。

 さあお昼休みだとトイレに逃げ込む優衣菜を抱えて休憩室に行く林檎。

 ムリヤリ席に座らせると、


「今日はずいぶんと元気ズラね、なにかあったズラか?」


 と、本日も爆弾おにぎりをかじりながら尋ねた。

 愛夫弁当を開けながらご機嫌な優衣菜。


「だって今日が終われば自由じゃない!! 明日からまた引きこもりの日々に戻れるかと思うとララルララ~~~~~~~~~~~~♪」

「あ~~まぁ……テスト明けの開放感は他に耐え難いズラからな」

「でしょう? ああ~~~~帰ったらなにしようかしら? とりあえず弟とHしまくってあとはゲーム三昧かしらね~~~~ルルララ~~~~♪」


 ガタガタとひっくり返るその他の人たち。

 その中には高梨会長もいた。


「いや、違うズラよ。これは近親相姦ヤバイやつではなく健全なパターンのやつズラ。実はカクカクシカジカで――――」


 なぜか鼻血を垂らしながらも、誤解を解いて回る林檎。

 いろいろ納得できない者もいたが、そもそも格好からして納得し難い扮装だったのでいまさらどうでもいいかと、ほとんどの者はそのまま外にへ出ていった。


「……な、なるほど……なかなか複雑な家庭事情なのですね……。ま、まあ法律に触っていないのなら……構いますまい」


 汗をふきふき、高梨さんも納得してくれる。


「そういえば、あなたの進路を聞いてませんでしたね? 差し支えなければ」

「バ~~ロウだからゲームと弟で遊ぶだけだぜい夜・露・死・苦~~~~♪」

「まぁ、半分は願望ズラ。たぶん一人でゲームやってるだけズラ」


「そ、そうですか。ま、まあ合格通知まで一ヶ月ありますからな。……それからは?」

「それからもズッと同じくゲーム・弟・ゲーム・弟・弟・弟・ゲームって感じで夜・露・死・苦~~~~♪」


「なんとそれはもったいない。進学はなされないのですか?」

「考えチュ~~~~っ!!」

「友達にフラレてやる気が急降下したらしいズラ」

「……そうですか。いや、なら良いのですが。昨日の話で余計なことを言ってしまったかなと後悔しておりまして」


「後悔ズラ?」

「私の勝手な価値観と期待を押し付けるようなことを……と。あなた方にはまるで関係のない話でしたからね」


 申し訳無さそうに頭を下げる高梨さん。

 林檎は「いえいえ」と笑顔を返す。


「それも含め、受験生の皆さんのいろいろな考え方に大変刺激を受けました。いまは引きこもりの身ではありますが、価値観は一つじゃない、どこからでも再出発はできるのだと教わった気分です。ズラ」

「勝手に代弁してるんじゃねぇ~~バ~~ロウ!!」


 そんな二人に羨ましそうな微笑みを向け、高梨さんは晴れ晴れとした顔で気合を入れ直した。


「さ、午後の試験も頑張りましょう。お互いの未来のために!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る