第109話 いろいろふざけんな

 午後のテストが始まった。

 科目は英語。

 クソバカ母に『モデルとして世界に行くなら英語は絶対必要』と、子供の頃から叩き込まれていたのでこれも問題ない。


 しかし……高梨さんか……。

 前の方の席で試験を受けている老人の背。

 それを見つめて優衣菜は思う。


 ……一番大切なのは心……か。

 歯の浮くようなありふれたセリフだけども、あの人はそれを本気で言っている。


 あの歳で……いまから大学?

 それもきっと超が付く一流の。

 育て方を間違った息子を正すためだけに?

 別れ際に言われた。


『思いやれる心を持った人はそれだけで偉いのです。学などなくても、技術などなくても、人を幸せにすることができるからです』


 私は人間が嫌いだ。

 でも、私が受けた痛みを……私よりも弱い人間に向けるつもりはない。

 それも思いやりというのだろうか?





「重~~~~~~~~~~い~~~~~~~~~~もの乗っけられた~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

「いや、いい話じゃないか!? そんな失礼なこと言っちゃダメ!!」


 一日目が終わり、帰宅。

 夕飯を突きつつゲンナリする結衣菜。


「だって~~~~会社とか世の中のこととか知らないし~~。お姉ちゃんはアンタとずっとこうして穏やかに生きていたいだけだし~~」

「…………ま、まぁそれは後の話にして……ともかく光栄なことじゃないか高梨製造所って言ったら、かつて上場までしていた一流企業だぞ? そんな人に認められたんだよ? 頑張んなきゃ」

「いや、違うのよ~~。そんな期待とかいらないのよ~~。」

「そうだな。たしかにちょっと買いかぶり過ぎなところがあるよな。お前がそんな人格者なわけないもんな」


 特製手作りグラタンをハフハフしながら半笑いする愛美アフロディーテ

 今日のオカズは彼女が作ってくれた。

 試験を受けたご褒美とのことだが、しっかり破沼庵ハヌマーンの領収書は切ってある。とどのつまりただの出張サービスである。


「……失礼な。いくら私でも高学歴に溺れて人格を見失うほど愚かじゃないわ。教育教育教育教育死刑死刑死刑死刑」

「愚かが極まってんじゃんかよ」


 脳内に今世紀指折りの愚か者が出てきてとっても不愉快になる愛美アフロディーテ

 優衣菜はバカ(変態)だが、そこまで落ちてはいない。いくらなんでも。


「でも……、心が一番大切か……それは俺も肝に銘じておかないとな」


 神妙にうなずく孝之。

 それを見て満足そうにうなずきながら、


「そうだぞ。学校なんて所詮社会に出るまでの訓練所みたいなもんだからな。いくら上等な訓練を受けても本番で結果出せなきゃ意味ないって。そんな奴ほどいい歳こいてまで出身大学自慢してんだよ。それって自分のピークはソコですって宣言してるもんだろ? ほんとに有能なら学歴なんて語らないって。それ以上の成果を社会であげてるんだからよ?」


 興奮してバケットをむしる愛美アフロディーテ

 こんどは優衣菜が半笑いする番。


「おやおやぁ~~ずいぶんとトゲのあるお言葉ですなぁ~~。さてはセンパイ、密かに学歴コンプもってますかぁ~~?」

「…………ぐ。……ああそうだよ、もってるよ!! 十代の頃は気にしてなかったけど、この歳になってくるとなんかなぁ~~……。ネットとかでこう……たまにさ、学歴差別発言されるとさ……刺さるようになってきてるんだよな~~最近。……なぁ孝之よぉ~~高卒ってそんなにバカか? 問答無用で無能呼ばわりされるほど価値ない存在か~~??」


 ブシッっと缶ビールを開け、座った目を向けてくる。

 そんな劣等感に逆ギレする愛美アフロディーテにたじろぎながら、


「いやいや……まさかまさか……。高卒でも――なんなら中卒でも出世した実業家や偉人は山ほどいますし……高梨さんの言う通り本当に大事なのは学歴じゃないと思いますよ。そもそもネットでそんなこと書き込む人間なんて大した能力ないですって。どうせ姉ちゃんみたいな引きこもりの暇人ですよきっと」


「……本人を前にいい度胸ね」


「そうか? そう言ってくれるとちょっとは救われるんだけどよ。……たまに客でもいるんだよ『ほんっと高卒使えねぇなぁ!! あいつらサル以下だぞマジで!!』ってクダ巻いてるオヤジがさ。そういうの聞くとさ、昔はムカッときてたんだけど……いまはなんか胸がキュッとすんだよキュッとっ!!」


「だからそういうのは本人も能力ないって、いま自分で言ったでしょ?」

「だけどよ~~悔しいじゃんか……。文句言っても……負け惜しみとか思われるのもなんかなぁ~~……シャクだしよ~~!!」


「そんなの気にするなんて愛美アフロディーテさんらしくないですね」

「ほんとほんと元スケバン〝二枚刃のアフロ〟の名が泣くわよ?」

「だれがアフロだ!! ネオソバージュってんだよネオソバージュ!!」

「でも愛美アフロディーテさん、グレててもちゃんと卒業して喫茶店やってて料理も上手ですし、立派じゃないですか。なんにも引け目感じる必要ないと思いますよ?」

「グレてねーーし!! 二枚刃ってなんだよ、知らねーーよ!!」


「っていうかさ、それなら先輩。来年私と一緒に大学受けない?」

「はぁ!?」

「孝之もさ、受験でしょ? だったらいっそのこと三人一緒に大学生になっちゃおうか? それなら私、頑張れるかもしれない!!」

「ちょっと待て」

「……うん、俺はべつにいいけど……」

「いや、良くない」

「はいはい、決まり決まり!! 先輩も今日から勉強ね!! やったぁ~~~~~~~~~~仲間が増えた~~~~ざまあみろ~~~~!!」

「さまあみろってなんだよ!! おいっ!!」


 かくして、その日の晩はそのまま地獄の飲み会へと突入した。

 目が冷めた孝之が、なぜか半裸に剥かれていたのは言うまでもない。

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