第107話 狭い世界
「あるていど大きくなった私の会社にも、そんな大学生たちがたくさん入ってきてくれるようになりました。高度な教育によって効率的な仕事をしてくれる彼らはとても頼もしい存在でした……ところが」
高梨さんの話は続いている。
優衣菜も弁当を食べながら、いまは少し興味を惹かれている。
「業績が上がれば上がるほど、それまで頑張っていてくれた先輩社員たちに対し、失礼な態度を取るようになってきたのです。『自分たちは賢い』『能力がある』『成果を上げている』そう言って話を聞かず、自分たちのやり方を押し付けるようになってきました。……当時社長だった私はもちろんそんな若手たちを
そして高梨さんは情けなさそうに笑う。
「……恥ずかしながら、私は貧乏な生まれで、中学を卒業したらすぐに働きにだされたのですよ」
「ご年齢から察するに〝金の卵〟と言われた集団就職の時代ズラですか?」
林檎に聞かれた高梨さんはちょっと驚いた顔をすると、すぐにとても嬉しそうに微笑んで、強くうなずいた。
「驚きましたな。あなたはまだとても若いのによく知ってらっしゃいますね? いや、試験官さんにそれは失礼でしたかな? はっはっは」
「いいえ、とんでもないズラ。オラなどちょっと勉強が好きだっただけの腐れ饅頭ズラ」
「そんなあなたにもう一つウインナーをあげようバ~~ロウ」
「……そんな学もない私の説教など聞きたくはなかったのでしょうな。……私の息子もそうです。息子はちょっとした国立大に行かせました。そこで経営学を学ばせたのですが――――入ってくるなり『効率重視』『利益優先』『人件費から削減』など、それまでの私のやり方とは正反対の指針を掲げ始めました」
ため息をつく林檎。
優衣菜もせっかくのお弁当を不味そうに食べている。
「息子を支持した若手たちは、いっそう調子づき。社員の半分――――特に高卒者以下の人間を選んでリストラしていきました。そして代わりに人材派遣会社と契約してしまったのです」
「出たズラ。
林檎の一言に苦笑いする高梨さん。
なにも言い返せないと、深く息を吐く。
「最初はそれでも上手く回っていたのです。経費も浮き、利益も倍増しました。しかし……すぐにそれが嘘と誤魔化しに満ちたハリボテだったとわかってしまうのです」
「欠陥部品の発覚ズラな?」
「……ご存知でしたか?」
「数年前、大騒ぎしていたズラからな」
そうだったっけか?
その頃(いまもだが)世捨て人をやっていた優衣菜には何のことだかわからない。
「……それがきっかけで他の製品、安全管理報告書、収支決算、すべてに偽装が発覚し、会社の経営は一気に傾いてしまいました。……成果を上げていたという彼らや息子の主張はすべて誤魔化しだったのですよ」
「はて……そんなことをする必要がどこにあるのか? バ~~ロウ」
必ず、どこかでバレる嘘をつく。
それをする意味が心底わからない優衣菜。
エロ画像検索履歴を必死に隠す中学生男子のアホさ加減もまったくわからない。
高梨さんは悲しそうに、自分なりの意見を言ってくれる。
「きっと彼らは、自分たちが優秀だということに〝しなければならなかった〟のでしょうね」
「うんうん」
うなずく林檎。
「……学問というのは究極的にはただのデータです。データというのは常に最先端でなければ意味がありません。しかし日本のほとんどの大学は古いままの学問を、それも中途半端な習得で卒業させてしまいます。なのでごく一部の超一流大学、その中のトップクラス数人以外の学問は……まったくとは言いませんが……少なくとも人を差別したり馬鹿にしたりしていいほどの価値はありません。では、そんな学歴に意味はないのか? 意味はあります。それはこの人がどれだけ与えられたハードルを越せる力を持っているのか。それを測る物差しとしての意味です」
そこで高梨さんはお茶を一口。
林檎と優衣菜も一緒に飲む。
「……だけども、思うのですよ」
落ち着いた高梨さんは、ゆっくりと二人を見てきた。
「人を測る物差しとは……学歴〝だけ〟でいいのでしょうか?」
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