第106話 悩める老人
「私はあなたのような方こそ、社会に出て活躍してもらいたいと思っていますがね?」
おしゃべりしながら弁当を食べていた優衣菜と林檎。
そんな二人に突然話しかけてきたおじいさん。
ンゴっと極太フランクフルトを喉につまらせて、優衣菜は死にそうになる。
「ああ……すいませんね馴れ馴れしく話しかけて、ご迷惑でしたか?」
「いえいえ大丈夫ズラよ。あなたは確か……」
受験生の一人だったはず。
老若男女さまざまな中、それでも特別高齢で目立っていた。
「ええ高梨と言います。ちょっとお二人の会話が聞こえたもので……」
広くない休憩室。
他に会話をしている者もいないならば無理もない。
高梨と名乗ったおじいさんはゆっくり立ち上がると、林檎の隣に座ってきた。
「よろしいですか?」
「もちろんズラ。……ところで今のは?」
「ええ……この方の話を聞いていて素晴らしい人材だなと思ったもので」
「んっがごっごっ!? わ、私!? い、いや俺がか、バ~~ロウ!??」
身に覚えのない突然の高評価にとまどう優衣菜。
さっきの会話のどこをどう聞いたら〝素晴らしい人材〟になるのか?
さてはボケてるのかこの爺さん?
怪しげな目で見つめる。
しかし林檎はにこやかに、
「ほほう? そりゃまたどうしてそう思ったズラか?」
さして意外そうでもなく聞き返した。
すると高梨さんは懐から名刺を取り出して二人に渡してきた。
「……ほうほう……㈱高梨製造所 会長 高梨義二……? ん? 高梨製造所……? どこかで……???」
首を傾げる林檎と、まるっきり無反応な優衣菜。
高梨さんはなんでもない風に笑う。
「いえ、いまは息子に譲っておりますが、ほんの小さな町工場を経営していましてね。それでついつい人を値踏みしてしまう癖がついてしまっておりまして。気に触ったなら勘弁して頂きたいのですが……私はあなたのような人材が好きなのですよ」
「ええぇ~~……」
そう言って優衣菜に微笑みかけてくる。
見られた優衣菜は目をアッチコッチ動かし頬を赤らめ動揺した。
「べつにナンパされてるわけじゃないズラよ? なんズラかその〝人妻だから困るわ。……でもロマンスグレーも悪くないかも……ぽっ〟的な反応は? ムカつくんズラが?」
「あっはっは。おもしろい人だ」
「で、こんな女のどこが気に入ったのズラですか?」
「ああそれは……そうですねぇ……。なんといいましょうか……」
高梨さんは缶コーヒーを一口、少し言葉を探している。
しばらくして諦めたように微笑んだ。
「まぁ……うまく言えないんですが、きちんと〝痛み〟を知っている感じがしましてね」
「痛み?」
「ええ。お話を聞いたところ随分と人付き合いが苦手なようすだ。しかも生まれつきでなく、とある辛い経験が原因で心に傷を負っているように感じました」
それを聞いて目を丸くする二人。
「よくいまの会話でそこまでわかったズラですね?」
「はっはっは。言ったでしょう? こう見えて私、元経営者ですから。それに年の功も少しありまして……雰囲気とちょっとした会話を聞けば、その人の大体はわかります」
「……地味に凄い能力ズラね……」
「ずいぶん失敗してきましたからね。教訓の積み重ねですよ。私の若い頃はね、昭和も中頃ですけど……みんな小難しいこと言わず、がむしゃらに働いたものです。必死に、真っ黒になって、とにかく〝根性〟の二文字で頑張ってきたんですよ」
懐かしそうに昔を語りだす高梨さん。
そんなおじいさんの話を林檎は真面目に、優衣菜は眠たそうに聞いている。
「……私のところだけじゃない。あのころは日本全体が〝ど根性〟で頑張っていた時代でした。そのおかげで経済はみるみる発展し、会社もどんどん大きくなっていきました。……すると裕福になった家庭はみな、こぞって子供に高度な教育を受けさせるようになったのです」
「……いわゆる〝学歴社会〟の始まりズラな」
少し棘がある言い方の林檎。
高梨さんはまたニッコリと笑う。
「ええそうです。……いやね、学ぶこと自体はいいんですよ。高度な教育は技術を発展させ文化を豊かにし、国を発展させます。――――ただ」
「ただ?」
「それよりも先に教えねばならないものを
「それはなんズラですかな?」
こんどは林檎が笑う。
高梨さんは理解してくれているなと満足気にうなずく。
そして言った。
「もちろん〝心〟です」と。
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