第103話 お時間は取らせません
「ところでその人形なに? リュックとか聞こえたけど、どう見たってラブドだよな? ギャハハハハハ!! すげえすげえっ!! あんたぶっ飛んでるよ。俺好きだぜアンタみたいなヤツ」
ベラベラと、どうでもいいことを喋り続ける妙な男。
男は
高校は行かず、地元の建設会社で働いているらしい。
聞いてもいないのに自分語りを進める陽翔。
「でな、社長が言うわけよ。管工事施工管理技士の資格取れって。ダリ~~んだけどさぁ、でも逆らうとおっかねえしな。んで、まずは高認から取らなきゃいけないって。だから渋々さ。アンタは?」
「バ~~ロウ。アタイはなぁ……え~~~~となんだ? なんだっけ? アレだよ旦那に言われて取りに来てるだけだぜ夜・露・死・苦……ビクビク……」
「旦那? 旦那いんの!?」
「ったりめぇだぜバ~~ロウ!!」
「なんだよ~~~~そりゃ!!」
あからさまに残念がる陽翔。
どうやらナンパ目的だったらしい。
……にしても他にいるだろう、もっとマシな女が。
自分で言うのもなんだが、今の私は(厚化粧で)化け物だぞ。
「そっかあ……ま、そりゃそうだよな。アンタみたいな美人ほっとかれないよな。そりゃいるよな旦那くらい……」
――――ぶっ!!
こいつまさかのブス専か?
「で、なに? 看護師でも目指してんの?」
「ん? 看護師? なぜそうなる?」
「だってよう……看護師っていったら元ヤンの巣窟だろう? アンタだってそれで看護師学校目指してんじゃないの? ウチの姉ちゃんだってそうだったしさ」
お前の姉ちゃんなんてどうでもいいわ。
そしてなんだその偏見は!? 全国の看護師さんたちに謝れっ!!
心底思う優衣菜だったが看護師という、ある種魅力的なワードに引っかかる。
「……詳しく」
「いや、ウチの姉ちゃんもさ、俺と同じで高校辞めて働いてたんだけどさ。そこで旦那と知り合って、デキ婚しちゃって。たらスーパーのバイトじゃ稼ぎが足りないって高認受けて看護学校入ったんだよ」
「ほほう……そんな道が……」
「で、卒業して看護師になって。いまや旦那より稼いでる」
「ほぉ? 看護師とはそんなに儲かるのか?」
「夜勤もあるから普通に働くよりよっぽど稼げてるみたいだぜ? 俺もさ、資格取ったら給料上げてもらえるし、そう考えたら勉強も悪くないなって思ってる」
「なるほどぉ……看護婦……」
悪くないな。
看護師と言えば二次元フェチにも欠かせない人気ジョブ。
コスチュームだけでも喜ばれるというのに、本物になってしまったらこれはもう孝之なんてメロメロになってしまうのではないか?
しかし……仕事上とはいえ、場合によっては知らん男のナニを触らなきゃいけないってのは辛い。
ていうか絶対無理。
ああ、でも……本物になったら確実に惚れられそうな気もする……。
でもジジイのウンコなんて死んでも触りたくない。
「ちょっと……アンタ、どうしたの頭かかえて」
「いや……その……バ~~ロウ……いま究極の二択で悩んでんだよぅ……そっとしておいてクレヨン」
「はぁ……?」
などとやっていると――――ジリリリリリリリリリリリリリリ。
次の試験への予鈴が鳴った。
次の科目は物理基礎。
どうということはない。
スラスラスラと軽快に回答を埋めていく。
あっという間に解き終わり、余った時間で優衣菜はさっきの陽翔との話を思い出していた。
(看護師か……)
発想すらなかった新しい道に、少しだけ心躍る。
もちろん人が嫌いな自分が誰かの看病などできるはずもないし、やりたくもない。
だが選択肢の一つとして考えておくのは悪くない。
少なくとも可能性がひらけるのは確かなのだ。
(ぐへへへへへ……)
ジリリリリリリリリリリリリリリリ。
妄想しているとベルが鳴り、休憩時間に入った。
せっかくだから、他の受験生たちの話しも聞きたいな。
みんなは何を目標に高認を取りにきているのだろうか?
今後の参考に、一つ情報収集でもしてみようか。
しかし自分から人に声をかけるなど怖くてできない。
悩んだ結果、女子トイレに籠もることにした。
便座に座って迷える子羊を待つ。
1号は狭いので試験場に置いてきた。
やや心細いが、鉄壁の個室が自分を護ってくれる。
トイレの個室。
それはヒキコのボッチにとって無限の力と勇気をくれる絶対聖域だった。
――――ガチャ、バタン。
隣に獲物がやってきた。
ゴソゴソ――スルスル。
布擦れの音がする。
着席し、1,2,3秒あたりで――――
「はい!! というわけでですね、今日も始まりました『突撃!!隣の大便器』お時間ですけどもね、はい!! ちょっとよろしいですか~~お隣さぁ~~ん!!」
どんどんどんどんっ!!
激しく仕切りを叩く。
隣からは、
「どっひょいっ!! うひゃらはひゃらほひゃらっ!!」
意味不明な叫びと、ガタガタ
そして――――ぶひゅるぷぅ~~~~~~~~ぃ……。
という、とっても恥ずかしい音が聞こえてきた。
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