第102話 休憩室にて

「やあ結衣菜どの、で良いズラな? ……おかしな格好をした受験生がやってきたと聞かされたので、もしやと思って様子をみにきたズラ」


 立っていたのは林檎だった。

 予想外な人物の登場に、唖然と口を開ける結衣菜。


「ど、ど、ど、どうしてこんなところに?? な、な、なにその変な格好??」

「場所はともかく、格好を責める権利はないと思うズラ。……バイトズラよ。教師時代のツテで試験官として雇ってもらったズラ」

「そ、そ、そうなの? ……試験官ってバイトなの??」

「区間によって様々ズラ。そんなことよりも……この魅力的な人形は没収させてもらってもいいズラか?」


 はぁはぁと、1号の太ももを擦りながら興奮を深める林檎試験官。


「あ、いや、これはちゃんとしたリュックサックだから。フテキセツな物じゃないから!!」


 さっき玄関で見せたように、お腹を開いて潔白を照明する。

 林檎はそれを確認すると、


「ではオラにも貰えるズラか? あの◯玉」

「見てたの?」

「いや、でも自慢されたズラ」

「――――ちっ、ちゃっかりしてらあバ~~ロウ……」


 頬を膨らますと、お腹の中からもう一つコリコリ玉を取り出す結衣菜。

 ご満悦で受け取った林檎は、それを大事そうに胸にしまう。


「――――ではそろそろ最初の試験を始めるズラ。みなさん参考書をしまってほしいズラ」


 パンパンと手を叩くと、教壇の方へ歩いていった。





 高認試験の試験科目は11科目。

 その内の8~9科目合格で取得となる。


 試験科目の詳細は、必修科目として国語、数学、英語、歴史、地理、公共。

 選択科目として「科学と人間生活」1科目と「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」のうち1科目を選択。または「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」の中から3科目を選択。


 結衣菜は高校時代にある程度単位を取得していたので、その分が引かれて6科目合格で高認取得となるようだ。

 試験は二日間で行われ、自分が受けない科目の間は自由行動となる。

 とりあえず一限目の物理基礎は取らなければいけないので受験する。


 答案用のマークシートが配られ、

 そして一時間後――――ジリリリリリリリリリ。

 終了のベルが鳴った。


「はぁ~~い、みなさんおつかれさまズラ。10分後、次の試験が始まるズラから受ける方は遅れずに席についているズラ」


 説明しつつ答案を回収して回る林檎試験官。

 パラパラと部屋を出ていく人がいる。

 久しぶりの試験で喉がカラカラだ。

 結衣菜も外に出てジュースでも買おうと1号からガマ口さいふを取り出す。


 林檎が答案を回収しにやってきた。

(どうだったズラか? 一限目は)

 目で聞いてくる。


「バ~~ロウ」


 それだけ言うと、つまらなそうに出ていく結衣菜。

 見送りつつ答案を確認する。


(ほっほ~~う……これは、なかなかやるもんズラな)


 マークの並びだけで満点を確認すると、結衣菜の意外な学力に驚く林檎。

 成績は良かったと聞いていたが、これなら結果は問題ないだろう。


 大学を出る頃にはもう年齢的にキツイ。

 先日はそう言ったが、学業の才能があるのなら話は別。

 教師なり研究者なり弁護士なり。

 本気で学問に専念するのなら、遅いことは何もない。





「あ~~~~……つかれたぁ~~バ~~ロウ……」


 休憩室に設置してある自販機で『絶倫無双クイーンN』を購入し一息つく結衣菜。

 他の受験生も思い思い休憩しているが、1号を背負ったアタマがおかしそうな優衣菜を警戒し、誰も寄ってはこない。

 安心感に加え、虫を寄せ付けない隔壁バリア効果に、優衣菜はますますこのラブド――もといリュックサックが大好きになった。

 そんな矢先。


「よぉ、アンタ。なかなか気合入った格好してんな、あ?」


 黄色いパーカーをかぶった怪しげな男に声をかけられた。


「……………………」

「なにそれ特攻服? 俺そんなン初めて見たよ。ちょっと写真撮らせてもらっていいか? あんたいくつ? 俺18」


 ダラダラダラダラ――――……。

 まさかの馴れ馴れしさに、滝のような冷や汗を流す優衣菜。

 男は小柄で腕っぷしは強くなさそうだがヤンチャそう。

 ヤンキーバリバリ(時代錯誤)の格好に、惹かれるものがあったのか、興味深げな目を向けて近寄ってきた。


 微妙にざわつく室内。

 優衣菜は持てるハッタリ力を最大出力にして応戦する。


「お……おぉぉう、ふ、ふざけんじゃねぇぜ。この服はなぁ、そんな安っぽいもんじゃねぇんだ、蹴っ飛ばされたくなければとっとと消える――――あ」


 パシャリ。

 言ってる間に一枚撮られてしまった。


「て……てめえ、バ~~ロウッ!!」

「まぁまぁまぁまぁ、いいじゃないの。記念写真記念写真。同じ受験仲間なんだからさ、仲良くしようぜ?」


 そう言って、許可もしていないのに隣に座ってくる妙な男。

 逃げ出したい優衣菜だが、この手の輩はきっと追ってくる。

 ここはとりあえず適当でいいから我慢して受け流そう。

 真っ青な顔で背中を汗で湿らせる優衣菜であった。

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