第100話 バ~~ロウ
そしてなんだかんだで日は流れ――――試験当日。
結衣菜と孝之の二人は、試験会場となる大きな建物の前に立っていた。
生涯学習センターと言われるこの場所は、市が運営する民間学習の拠点。
図書館をはじめ、学習に関するさまざまな設備や施設が設けられている。
高校卒業程度認定試験は今日からこの場所で、二日間の日程で執り行われる。
「あ~~……なんだかお姉ちゃん緊張してきたわ~~」
塾や予備校に通う余裕はなかった(精神的に)。
なので自学で勉強してきたのだが、もともと大学へ入るだけの修学は済ませていたので、そこは問題ない。
一昨日試した過去問題でも全教科合格点を取っていた。
しかし、その実力が本番でも出せるかどうか、それだけが心配だった。
「そんな格好で言われてもな……説得力がないんだが……」
今日の結衣菜、もちろん鎧は着ていない。
かわりに孝之くん1号を背負っているのだが、しかしそれだけでは問題があった。
素顔のままだと美人すぎて悪目立ちしてしまうのだ。
そうでなくてもギリギリの精神状態(対人恐怖症)。
有名人だったとバレてしまい、騒がれてしまったら試験どころではなくなる。
なので結衣菜の顔面は
ひまわりのように開いたまつ毛。
紫すぎるアイシャドウ。
歌舞伎役者のようなチーク。
ペンキのように真っ赤な口紅(ラメ入り)
ボサボサに枝毛がハネまくった金髪パーマ。
耳、鼻、唇になんちゃってピアス。
そして服は『珈琲処 破沼庵 夜露死苦』と背中に刺繍された昭和中世、ど派手な特攻服。もちろん1号もお揃いで。
「むしろ……めちゃくちゃ見られてるけど……大丈夫か姉ちゃん……?」
「だ……大丈夫じゃ……な、ないかも……。でも……」
同じ試験を受ける受験生だろうか?
老若男女さまざまな人が、奇っ怪な目をして遠回りに先を歩いていく。
奇妙も突き抜けてしまえば盾になる。
視線こそは痛いが、近寄ってくるものはいなかった。
いつものパターンのようだが、結衣菜にとってはありがたい状態だろう。
「……とにかく頑張って。二日間なんとか乗り切ってくれ。姉ちゃんの実力ならきっと大丈夫だから」
「い……いまさらなんだけどさ」
「?」
「わ、私なんでこんな試験受けるんだっけ?」
「……本当にいまさらだな」
「だ……だって」
「大学や専門学校に進む以外にも、高認を持っていないと受験すらできない資格ってのが色々あるんだよ。これからどんな仕事をするかわからないんだから。可能性は広げといたほうがいい」
生涯学習と書かれた門を指して説明する。
「ううぅ……でもお姉ちゃん、まだ就職するなんて言ってないわよ……」
「わかってるよ。それでもいつ考えが変わるかわからないだろ? その時のために備えといた方が良いってはなし」
「…………?」
いつもならここで『なんでだよ、働けよ!!』なんて怒ってくるところ。
しかし今日の反応は随分と穏やかで優しく、不思議に思う結衣菜。
「…………いや、その……俺もちょっと……うるさすぎたかなって……。姉ちゃんには姉ちゃんの考えがあるんだろうし……だから先のことは強く言わないよ。一歩一歩、越せるハードルだけ越えていこう。それができたら休んでいいと思うから」
照れくさそうにそっぽを向く孝之。耳の先が赤くなっている。
そんな可愛い弟の手をにぎって、結衣菜は男らしく気持ちを伝える。
「わかった。……試験が終わったら結婚しよう」
「だからそういうこと言うから!! 死亡フラグ立てんなっ!!」
そんなこんなで試験会場へと入る結衣菜。
夕方になったら迎えに来るからと、孝之は学校に行ってしまった。
平日だというのにわざわざ学校に届けを出してまで付き合ってくれているのだ、残念な結果を残すわけにはいかない。
結衣菜は震える足をパンッと叩くと気合を入れ直した。
そして入り口のガラス戸をくぐったとたん。
「ちょ……ちょっとちょっと……キミ!! おかしいよね!?? ちょっと、ストップストップッ!!」
係員らしき男に止められた。
――――ギギギギッ、殺気立った目を向ける結衣菜。
「……んだとバ~~ロウ!! 俺様のど・こ・が・おかしいっつーんだよ。妙な言いがかりつけてっとシメんぞてめぇ~~夜・露・死・苦!!」
そして親指を下に。
今回はとりあえず、こんなキャラで走るらしい。
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