第99話 孝之くん1号

 ――――そして一週間後。


「いい……実にいいですよ結衣菜さん。はいコッチ目線ください。ああ~~いいな。もう最高!!」


 一眼レフを構え、悦にシャッターを切る夏川サラリーさん。

 破沼庵ハヌマーンの店内ではちょっとした撮影会が行われていた。

 夜間営業時に使っているカラオケステージを開放し、その上でおだてられるままにポーズを作り、踊る結衣菜。

 常連のお爺さま方もピーピーと指笛を鳴らして場を盛り上げている。


 舞台の上の結衣菜はいわゆる〝踊り子の服〟

 ファンタジーにアラビアンなイメージをブレンドした新作衣装だった。

 タンゴのリズムに合わせて色っぽく踊る結衣菜は、素顔をさらしているにもかかわらず堂々としたもので、怯える気配はまったく見せていない。

 それには理由があって。


「あの……夏川サラリーさん?」

「うん? なんだい孝之くん」

「その……い、衣装はともかくとしてですね……」


 いや、衣装も問題なのだが、それよりも、


「姉と一緒に踊っている人形は何なんですか!??」


 妖艶に踊る結衣菜の背には孝之とそっくりな人形が貼り付いていて、後ろから抱きしめる形で腕をまわしている。

 結衣菜はその人形の手を取って、顔を寄せて、ときには抱きしめ合いながらステップを踏んでいた。


「凄いでしょう? アレが今回の秘策〝愛玩人形型リュックサック〟孝之くん1号です」

「おかしな名前を付けないでください!!」


 文句を叫んだところで音楽が終わる。

 踊り終わった結衣菜は爺様たちの喝采の中、ステージを下りてきた。


「どうですか結衣菜さん? 使用感のほどは」

「いいわぁ~~これ……いいわぁ~~~~」


 うっとりとしながら人形をさすりさすり。


「この肌感がもう……本物そっくりで……本当に抱きしめられているような安心感があるわぁ~~~~」

「……ほんとだ、すげえなコレ。マジで人肌そっくりな感触な」


 愛美アフロディーテもムニムニと、1号のほっぺをつつく。


「我が社の傘下にマネキン製造の会社もありましてね。そこへ頼んで作ってもらいました。孝之くんとまったく同じ骨格、容姿に準医療用高品質シリコンでコーティングした本格ラブドー……いや愛玩人形型リュックサックです」

「いまラブ◯ールって言おうとしましたか!?」


 牙を出す孝之に、夏川サラリーさんはそっぽをむく。

 かつてリビングに置き去られていた謎のビニール人形。

 それを遥かに凌ぐリアルさに結衣菜はご満悦。愛美アフロディーテはちょっと羨ましそう。


「どうですか、コレを背負ってさえいれば常に孝之くんを感じられ、対人恐怖症も和らぐでしょう?」

「そうね、そうね。いい感じだわ。鎧よりも安心できるかもしれないわ。あっま~~~~ぃ包容力を感じるわぁ~~~~うっとり……」

「よくないわっ!! こんなモノ背負って表なんか歩けるか!! 軽犯罪で捕まるわっ!!」

「なにを言っているんです孝之くん。これはあくまでもリュックサック。……君が勘違いしているようなイカガワしいダッチ――ラブド――人形ではありませんよ」

「混乱してるじゃないですか!?」

「していません。見てください」


 言うと夏川サラリーさんはおもむろに1号のお腹をまさぐる。

 すると下腹部真ん中にジッパーがあって、それを上げると腹が開き、中に空洞が。


「この中に約10リットル容量の荷物が収容できます。どうですか? これはもう立派なリュックサックでしょう?」

「……へぇ本当だ。こりゃ考えたもんだなあ。うん、筆記用具も参考書も弁当だって入るぞ。こりゃたしかにリュックだ」


 感心する愛美アフロディーテ


「いや、おかしいおかしい。誰がこんなものリュックって言うんですか!! 単に穴空いてるだけの猥褻物わいせつぶつでしょ!?」

「デザインだろデザイン。最新ファッションだよ。言い張れば問題ない」

「そうですとも。それにほら、ここ、パンツを下ろしたお尻のところに我が社のロゴを入れておきましたので、これはもう立派なファッションです」

「ほほぉ~~割れ目もちゃんとリアルだねぇ(サスリサスリ)うん、質感もいい感じだね」

「ズラすな揉むなっ!! なんでそんな隠れたところにロゴ入れるんですか!!」


 なんだか自分のお尻をセクハラされているみたいでゾゾゾワとする孝之。

 結衣菜はちょっと不満げな顔をして夏川サラリーさんに注文をつける。


「これさ~~。いいんだけどさ~~~。一つだけ残念なところがあるのよ~~」

「はて、残念とは?」

「この……股間のところね。なんだかツンツルテンっぽいのよ。ここんトコだけさ、なんかリアルじゃないのよねぇ~~」

「あ、ホントだ、なんにもついてねぇ」


 後ろ側から手を回し、1号の股をまざぐる愛美アフロディーテ

 孝之はなんとなく腰をよじって悶絶する。


「ああ、そこは別売りとなっておりまして。やはり大事な場所ですし、お客様の好みもあるでしょうから。……こちらのパンフレットから体に合うお好きなモノを選んで注文していただければ、ワンタッチで脱着できるようになっております」

「「ほっほ~~う」」


 さまざまな形をした、詳しくは説明できない色とりどりなアタッチメント。

 ご要望とあらばオーダーメイド可能という文言に結衣菜が目を光らす。


「ではこのオーダーひとつ」


 孝之を指してさっそく注文した。


「ありがとうございます。では採寸を――――」

「あ、大小2パターンお願い」

「はい」

「じゃないし!! やっぱり如何わしいヤツじゃんコレ!! いい加減にしろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 怒る孝之。

 だがけっきょく多数決でコレは使えると判断され、涙を飲むのであった。

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