第97話 どうするべきか

 結衣菜がまとも??

 まさかのセリフに目をパチクリ、呆然とする孝之。

 頭の中にこれまでヤラれた数多の変態行為が浮かび上がり、ダンスを踊る。


「い……いやいやいや……どこが!? あの姉のどこがマトモだって言うんです!???」

「まともズラ。ちゃんと自分の好き嫌いを知って、独自の意見も持っているズラ。そこらの世間に迎合することしか知らないボンクラ共よりは、よっぽど話ができる相手だと思うズラがな?」


「で、で、で、でも、引きこもりの変態ですよ??」

「変態はアンタもズラ。聞いたズラよ、美少女趣味があるんズラって?」

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉっ!! な、なぜそれぅを~~~~~~~~っ!!」

「いいズラか? この世の人間はみな変態ズラ。一見まともに見える者も、いざ一枚ベールを脱げば鬼畜煩悩の塊ズラ。普段はそれを隠しているだけズラ。アンタの周りにはいるズラか? 外も中もキレイな人間が」


「うぅ~~~~~~~~……」


 慎吾と愛美アフロディーテ、自分と結衣菜、そして目の前にいる林檎の顔がグルグル回り、そこにクラスメイトと破沼庵ハヌマーンの常連客が加わってくる。


「ダメだ……中どころか外にも変態が飛び出してきている奴らばかりだ……」

「ズラ? 結衣菜殿もその中の一人ってだけズラ。そんな彼女のどこをとって異常と言っているズラ?」


 そう言われると……わからなくなってくる孝之。

 ――――あれ? 俺……姉ちゃんのどこが気に入らないんだっけ?

 全部と言ってしまえばそうなんだが、しかし個別に考えると何処ドコといえる所が見えなくなってくる。


「結婚うんぬんは法律にも倫理にも触れないしアンタら二人の問題ズラ。引きこもりに関しては先日言った通り〝心の傷〟が原因ズラ。結衣菜殿の責任ではない。そうズラな?」

「うぅぅ……そ、そうです……ね」

「そう考えるとあら不思議。結衣菜殿の正体は〝心に傷を負って外に出られないアンタのことが好きなスケベな美女〟になるズラよ。(うらやましい)」

「そ、そ、そ……」

「さて、そんな女に孝之殿がするべきはなんズラかな?」


 ――――じゅるじゅるじゅるじゅる。

 しばらく、林檎の缶コーヒーをすする音だけが響いた。

 孝之はうつむいて、やがて顔を上げると林檎に言った。


「…………話を……もっと聞いてあげることだと思います」


 林檎は満足そうに「うん」とうなずく。


「そう。なんでも話すズラ。……そうして受け入れてあげるズラ」





 林檎ハウスを出て、破沼庵ハヌマーンのそばを通りかかる。

 するとちょうど中に夏川サラリーさんがいて、孝之は話をしようと立ち寄った。



「……そうですか。結衣菜さんはそんなことを仰っていましたか……乳パンツ」

「ええ……。せっかくお誘い頂いたのに申し訳ありません」


 ボタボタと涙を落として謝罪する孝之。

 大げさな態度に夏川サラリーさんはギョッと目を剥き、たじろいだ。


「い、いや……そんな泣くほどのことではありませんよ!?」

「そ……そんなことないですよ……。この話を逃したらウチの姉……絶対ろくな大人になりませんよ……。せっかく、せっかく独り立ちさせるチャンスなのに……このままじゃ……俺、本気で一生面倒見なきゃならないかも……」

「あ~~~~……」


 なんともいえない表情で同情してくれる夏川サラリーさん。

 愛美アフロディーテはコーヒーを注ぎながら、


「んでもよ、その林檎さんの言うとおりぶっ壊れちゃ元も子もないからな。いまの結衣菜にいきなり就職はやっぱりキツイんじゃないか?」

「そうなんですよね……。僕もそう言われて……だからまず、もう一度姉と真剣に話し合ってみようと思います。なので、返事はもうちょっと待ってもらっていいですか?」


 うるうると懇願してくる孝之に、夏川サラリーは理解ある笑みを向けてくれる。


「もちろんかまいませんよ。聞くところによれば来月に高認試験を受けられるとか? そんな時期に心を乱すようなお誘いをしてこちらこそ申し訳ない。そこでどうでしょう? いまは試験に集中してもらって、仕事の話はそれからということで」


 あんな馬鹿姉にこんな誠意を見せてくれる人なんてきっといやしない。

 心遣いあふれる提案に、孝之は感謝して頭を下げた。


「……あと、その人はそう仰ったかもしれませんが、我が社は社員の体調管理にも最大限のサポートを行っております。もちろん精神ケアの施設もありますので結衣菜さんさえ前向きになっていただければ、きっと良い職場になると思いますよ?」


 ぐおぉぉぉぉぉっ!!!!

 やはりこの大きな魚、絶対逃すわけにはいかなぁーーーーーーーーいっ!!

 夏川サラリーさんの手を握りしめながら、孝之の心は、秋の女心のようにアッチコッチと忙しく揺れ動くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る