第96話 あっぷる的には

「ほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?? スカウト? モデル?? 結衣菜殿そんな有名人だったズラか!??」


 やってきたのは林檎のアパート。

 先日のこともあるし、ここはぜひ意見を聞かせてもらいたいと戸を叩いたのだ。


「はい、聞いてなかったですか?」

「なかったズラな。オラは昔からオシャレな世界には興味のない女だったズラから……ちょっと待つズラ、いま携帯で調べてみるズラ」


 ピポパとガラケーをいじりだす林檎。

 ブラブラと揺れながら、片手で器用に操作している。

 もう片方の手は、喉に食い込もうとするロープを頑張って防いでいた。


「ああ……このガラケー……もうインターネットサービスが終わっているズラ。なんてことズラ……」

「スマホ買わないんですか?」


「なるべくハイテクは避けたいんズラ。デジタルデトックスってやつズラ」

「はぁ~~……」


「ネットの世界は地獄ズラ。人の本性を見るのにはいいズラが、あまり浸っていると気が狂いそうになるズラ」

「まぁ……だったらあまり見ないようにすれば……」


「無理ズラ~~~~。だってクリック一つでイケメン〇〇ポを見放題な世界なんズラよ? そんな楽園目の前に自分を抑えられるほどオラは聖人じゃないズラ!!」

「はぁ……」


「だったら機械ごとほおむってしまえと三年ほど前にゴミ箱に叩きつけてやったズラ」

「……なにがあったかは次の機会に聞かせてもらうとして、とにかくそういうわけで姉の進路について相談したいと思ってるんですよ」


「その前にいいズラか?」

「はい?」


「……お前たち姉弟はどうしてそう人の自殺を簡単にスルーできるズラか? オラがさっきからぶら下がっているズラよ? ちょっとは驚くとか助けるとかするズラよ」

「ああもうそういうのは姉で慣れてますんで」


 ギシギシ揺れる林檎を見上げながらサラッと答える孝之。

 林檎は「この似たもの夫婦が……」とブツブツ言いながらも輪っかから首を外した。





「はぁはぁ……こ、これは……はぁはぁ……めんこいズラな」


 モデル時代の結衣菜。

 孝之のスマホで、その頃の画像を見せてもらった林檎は鼻息を荒くして涎をすすった。


「し、しまったズラな……こんなことならこのあいだ協力してやるんじゃなかったズラな……。有名人とアンナコトとかコンナコトとか……色々擦れるチャンスだったかも……」

「なんの話をしています?」

「あいや、こっちの話ズラ」


 極めて怪しい態度だったが、変態は慣れている。

 あまりソッチ方面の話は広げまいと、これ以上は追求しない。


「で、そうズラなぁ……たしかにいい話をもらってきたズラな。しかし結衣菜殿はなんて言っているズラか?」


 孝之は昨晩までの姉との会話を話して聞かせた。

 すると林檎の鼻から真っ赤なジュースがびゅーーーーっと絞り出された。


「な……な、なるほど……たしかにアンタの◯◯◯を独占できる権利は魅力的ズラし、狭い世界で生きたい気持ちもよくわかるズラ……はぁはぁ……」

「それで友人にも言われまして……けっきょくどうしたらいいか……。ていうかそんな堂々と見ないでくれます俺の股間!?」

「いや失敬。ついダイソンを試したくなって……」

「……もういいです。やっぱり自分で考えます」


 背筋にゾゾゾと悪寒が走り、帰りたくなる孝之。

 林檎は慌ててその裾を掴むと、


「まーまーまー待つズラ待つズラ!! ちゃんとするズラから!! ほら茶菓子もあるズラから」


 先日のアップルパイの余りを出して、ムリヤリ引き止めるのだった。





「……いちおう、元先生だと聞いたので頼りに尋ねたんですが……」


 うらめし気に見つめながらカピカピに乾いたパイをつつく。

 ……せっかく相談にきたのにまるで話が進まない。


「悪かったズラ。オラもいろいろたまってるズラから勘弁するズラよ。いまからは真面目に聞くズラ。 ……そ~~さなぁ、オラはやっぱり無理をさせないほうが良いと思うズラね」


 もらった缶コーヒーを飲みつつ、態度をあらためる林檎。

 孝之はそんな答えに、やっぱりなと想いつつも渋い表情を浮かべた。


「でも、こんないい話他にないですよ!? 断わるなんて――――」

「それでぶっ壊れたら元も子もないズラ?」

「う――……。だ、だけど、そこは様子を見ながら……夏川サラリーさんだって理解してくれると思うんです」

「甘いズラな~~」


 納得のいかない孝之。

 林檎は大きなため息をはく。


「会社は学校じゃないズラよ? たかが社員の一人に、そんな気なんて使ってくれないズラ。おかしくなったら精神科に通ってでも働けって言われるのが関の山ズラ」

「いや、夏川サラリーさんはそんな人には見えません」

「個人じゃなくて、会社の話しズラ」

「………………」


 半開きの目でオデコを掻く林檎。

 子供扱いされた孝之は、ムキになってなにか言い返そうとするが、手で制されて口をつぐんだ。


「……孝之殿は、いったい結衣菜殿に何をさせようとしているズラか?」

「なにって……だから……。その……真人間になってもらおうと……」


 そう答えると、林檎はすっとぼけた表情で、


「オラの目には充分まともに見えているズラが?」


 そう返してきた。

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