第94話 理想の生き方
――――ボンッ!!!!
いつもの教室のいつもの昼休み。
向かい合って座る慎吾の鼻からロケット噴射のごとく鼻血が飛び出した。
机で弾かれたクサイ血は周囲に飛び散り、騒然となる。
そんな騒ぎの中、孝之はひとり上機嫌でお弁当を食べていた。
質素な手作り日の丸弁当だったが、気分が良ければなんでも美味しく感じる。
慎吾は、渡された名刺をプルプル握りしめながら孝之を見つめた。
「ゆ……優衣菜さんが専属下着モデルとして再デビューするだとう!???」
眉毛を三倍に膨らまし、さらに大量な鼻血を垂れ流す。
「いや、そこまでは言っていない」
「だ、だって……お前、ラコールっていったら国内随一の女性下着メーカーじゃないかっ!? そ、そ、そ、そこの専属モデルっつたらそりゃもう下着着てなんぼじゃないっスかーーーーっ!?」
「うん、まぁでも……誘ってくれた人はそうゆう部署じゃないらしいから、あるとしたらコスプレ衣装かな?」
「く、く、く、詳しく」
コスプレと聞いて慎吾の目が一層怪しく輝いた。
孝之は以前、サラリー(夏川)さんからもらった新企画のパンフレットを慎吾にも見せてあげた。
『鎮圧しちゃうぞ☆』と銘打たれた新シリーズ。
『警備部・機動隊出動服(盾付き)』女性服バージョン。
威圧的な制服と無骨な装備。柔らかい雰囲気を持ったモデル女性とのギャップが刺激となって妙に男心をくすぐっている。
ほかにも女性警察官や自衛官、消防隊などと、勇ましくも厳格な職業がラインナップされて新たなシリーズとされている。
こんな衣装のどこがいいのか?
孝之にはいまいちわからなかったがMっ気も持ち合わせている慎吾には内角低めにズドンと決まったようで「はぁはぁ」言いながらパンフレットを鼻血で湿らせていた。
「……ラコールなんて一流企業、とても姉ちゃんみたいに無学な引きこもりが入れるところじゃないんだけどさ。モデルとしての実績を買ってくれて、是非にって」
しかもモデルとしての期間契約じゃなく、社員として、モデル役を引退してからも開発に携わってほしいとの話である。
突然開かれた安定の道。
孝之的にはもちろん大賛成である。
「ば、ばかやろう!! 引きこもりだろうが無学だろうが、そんなことなど問題にしないほどの価値が結衣菜さんにはある!! 俺はその夏川とかいう営業マン、見る目があると思うぞ!!」
慎吾は興奮してそう言うが、いくらモデルとして有名だったからといって、それだけで一流会社に入れるなんて都合のいい話などない。
なにか裏がないだろうかと、メールで両親に相談してみたら。
『う~~~~~~ん……まぁ……それはきっと母さんのネームバリューも目当てなんじゃないかな? 母さんのファッションデザイナーとしての名はいまや世界的だからね。その娘となれば将来的に独自ブランドを作らせて、自社で展開させることもできるんじゃないか、なんて考えてるんじゃないかな。もちろん結衣菜ちゃんのモデルとしての実力は当然としてもね』
やや言いづらそうに父が答えてくれた。
なるほど、そういう算段か。
聞いて納得し、むしろ安心した。
ちゃんと会社としての利益も見込んでスカウトしてくれているというのなら、こちらもその腹づもりで応えられる。
親の七光り――しかも大嫌いな実母の威光があっての入社となれば、姉は断固拒否するだろう。なのでこの話はしない方がいい。
そうでなくても、
「で、結衣菜さんはなんと仰っているんだ!! イくのか? イカないのか?」
「姉は――――」
「絶対嫌だから!!」
昨晩の食卓にて「こんないい話はない!! すぐに承諾の返事をしろ」そう言った孝之に結衣菜はそう即答した。
「なんでだよっ!?」
条件には、デザイン系大学・専門学校進学も視野に入れて会社が全面的にサポートすると記されている。
つまり契約にサインさえすれば将来丸ごと面倒を見てやる。そう書いてあるのだ。
しかし結衣菜は、
「私の面倒を任せられるのは孝之君、君しかいない!!」
ポンと肩に手をのせてくる。
「いや、仕事押し付けてくる上司か!?」
「だって嫌なもんは嫌なんだもん!!」
「嫌じゃねぇよ、よく考えろ姉ちゃん!! たとえ今から勉强して学校出ても中途半端な年齢じゃよほどのコネでもないかぎりまともな会社になんて入れないんだぞ!? それがこんな一流会社に、こんな高待遇で向かえられるなんてもう奇跡だから!! コレ以上の未来もう絶対に来ないから!! これ逃したら一生後悔するぞマジで!!」
「私の幸せを勝手に決めないで!! 私はそんな乳パンツ作りよりもズッと家にいてズッと安心できる人にだけ会って、小さな小さなコミュニティーの中だけでしっぽり生きていくんだから!! それって悪いことなの!? つつましく生きるのって負け組なの!? スナ◯キンになっちゃイケないっていうの!??」
「スナフ◯ンはいいやつだけど、参考にはするなっ!!」
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