第93話 お・さ・そ・い

「ことわる!! シュコーーーーーーーーッ!!!!」


 兜の隙間から謎の蒸気を噴出させる優衣菜。

 テーブルの向かい側には、真剣な表情でサラリーさんが頭を下げていた。


「そんなこと仰らずに、どうか我が社とご契約を!! あの伝説の女子高生モデル三笠優衣菜がブランドイメージになっていただければ、この新企画、必ず大成功すると思うのです!!」

「新企画ってコレのことか?」


 コーヒーを運んできながら愛美アフロディーテは自分の衣装をつまみ上げた。


「ええ、もちろん。今回の企画は我が社でもかなりの力を入れておりまして、なのでぜひとも!! お願いしたいのです!!」

「いやだっ!! 私はモデルなどとうに引退している!! コーーーッ!!!!」

「しかしあの店では写真を撮らせていたでしょう!?」

「あれは〝撮られて〟いたんだ!! 私の意思ではない!! ムリヤリだ!! レイ◯だ!! 強◯だっ!! プシューーーーンッ!!!!」

「いくらだったんだ?」


 愛美アフロディーテが聞くと、


「5万円」


 優衣菜が答えた。


「じゃあ売ってんじゃんかよ。パパ活じゃんかよ!!」

「人聞きの悪いことを言うな!! 私は孝之のために体を張ったんであって、いうなれば弟活ブラかつじゃい!! ポーーーーーッ!!!!」

「だそうだ。ギャラを弟に渡せば売ってくれるらしいぞ」

「よろしい。ではその十倍お支払いいたしましょう。契約書はこちらに」


 すっ……と怪しげな契約書を出すサラリーさん。

 そこに名前を半分くらい書いたところで――――、


「ちゃうっ!!」


 ビリーーーーッ!!

 ノリツッコミで半分に破る優衣菜。


「だから私はもうモデルなんて仕事はやらないんだ、お断りだ!! ガーーーーーーーーッ!!」


 頑なに拒絶してくる優衣菜。

 サラリーさんは困った顔で理由をたずねてきた。


「……かつて飛ぶ鳥を落とす勢いで売れに売れていたアナタが、あるとき突然引退なされて業界は騒然となりました。……界隈ではその理由について様々な憶測がなされてましたが実際のところ何があったのですか?」

「週刊誌を読んでないのか貴様!! コーーーーッ!!!!」

「もちろん読んでましたよ。……有名アイドルやスポーツ選手と熱愛疑惑を持ち上げられている最中でしたね。スクープ写真も多く載せられて……そのせいで病んでしまったと一部の雑誌では書かれていましたが?」

「そうだよ、その通りだよ、おおむね当たっているよ!! スコーーーッ!!」


 スクープ写真とはいっても、そのすべてが誤解や合成だった。

 あたかも逢い引きににもとれる場面を上手く撮られてしまったり、素人が面白半分に加工したデッチ上げの流出画像がそのほとんどだった。

 しかし人気絶頂だった優衣菜の噂は、たとえ信憑性がなくても話題性は充分。

 あることないこと、とにかく売れるだけ記事にされまくり、マスゴミと一部の動画配信者クズのオモチャにされたのだ。


「しかし、あれはただの噂でアナタは潔白だったというのが今では照明されています。もう悪く言う人なんてきっといませんよ?」


 その言葉に優衣菜は深いため息をつく。

 そしてあらためてサラリーさんを睨むと、


「〝かつて言われた〟というのが大問題なのだよ。コーホー……」

「…………………」

「私はもう二度と、あんな腐った人間どものいる世界に戻りたくはない。誰も信じられない。金のためなら信頼も友情も、愛情さえも売り物にするし。栄誉のためなら平気で体を売る。そんなヒトモドキが闊歩する世界など、思い出すだけで手作り爆弾を作りたくなるんだよ!! シュコ~~~~~~ッ!!!!」

「やめとけよ~~~~」


 一応注意する愛美アフロディーテ

 サラリーさんはそんな優衣菜の心情を察し、


「……そうですか……わかりました。私などの想像が及ぶ以上のいろいろがあったというのですね」


 納得したかのような態度を一瞬みせるが、


「ですが」


 ――――ズイッ!!

 あらためて優衣菜に名刺を差し出してきた。


「私が求めているのはアナタの〝業界復帰〟ではありません。あくまで我が社の〝専属〟としてのモデル業務を担当して頂けないかとお誘いしているのです」

「それってどう違うんだ?」


 わからないなと愛美アフロディーテ


「つまり――――」





「――――ぶほんっ!! ゴホゴホッ!!!!」


 話を聞いた孝之が味噌汁を吹き出した。

 突然降って湧いたトンデモ話に声が裏返る。


「ラコールの社員に誘われた~~~~っ!???」

「……うん……ペロペロ」


 顔面を弟の汁だらけにされた優衣菜は、怒ることもなく、むしろ悦な表情を浮かべてペロペロ。

 ラコールとは、あのサラリーさんが勤めている服飾メーカーで、女性下着から変態着ぐるみまで幅広く取り扱っている国内でも屈指のアパレルメーカーであった。

 孝之は渡された名刺を見つめ、指を震わせる。

 そこには、


 株式会社ラコールホールディングス

                         第二営業企画部 三課課長

                                夏川 俊一 

 と記されていた。


「……ほ……本当の話なんだな……?」


 ゴクリと生唾を飲み込んだ。

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