第91話 ちょっと目を離したら

「……うぅぅぅぅ……汚された……汚された~~~~……」


 特盛茶碗を片手に、ハンバーグを頬張りながら泣いている優衣菜。

 そんな姉をどうしたものかと眺める孝之。


「まぁ……爺さん相手に下着だったら、まだ冗談で済ませられるんじゃないか?」


 自炊の味噌汁をすすり、いちおう慰めてみる。

 せっかく小言をひかえているというのに、なんだか勝手に一騒動起こじばくしてきたようで……真面目に考えていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。


「……意外と元気そうで安心したよ」

「どこが元気!? 泣いてるのよアタシ?? 泣かされて帰ってきたのよ!??」


 望まず稼いでしまった数万円を握りしめて机を叩く。

 たしかに受けた恥辱は気の毒だったが、ほとんど自業自得だし、それよりも久々に楽しく(?)人とのコミニュケーションができたようで、それが何より朗報だった。


「で、愛美アフロディーテさんトコでのバイトは続けるのか?」

「いや!! もう絶対いや!! 失敗するたびに開脚ハーフストリップの刑とかアタシそんなんじゃないから!! 軽い女じゃないから!!」

「いや、でもせっかく人にも慣れてきたことだしさ……」

「全然慣れてない!! 今日でまた嫌になった!! あのジジイども、死んだらぜったい位牌に抹香投げつけてやるからな!! 覚えてろ~~~~!!」

「信長か。……それよりも勉強してくれてるんだって? 愛美アフロディーテさんから聞いたよ。大学に行くつもりなの?」


 半裸状態の優衣菜を引き取る際、教えてくれたのだ。

 なんだかんだ姉もちゃんと将来を考えてくれているようで嬉しかった。

 それと同時に、そんな姉を信じていなかった今までの自分を恥ずかしく思った。


「いいえ、聖女アップルに諭されたわ。……お姉ちゃんやっぱりアナタのお嫁さんを目指そうと思うの」

「……………………」


 前言撤回。

 振り出しに戻ってる。

 味噌汁をダバダバとこぼす孝之。


「ど……どうしてそうなった……!?」

「いや~~それなんだけどね……」





「うん……まぁ……たしかに目標がなければ意味ないよね……。うん、それはそうだと思う……」

「でしょ? で、お姉ちゃんの目標ってアンタの嫁じゃない? そうなるとさ、あら不思議。大学へ行く理由なんて全然なかったんだわこれが、あははははははは」


 晴れ晴れした顔で笑い、どんぶり飯をかっこむ。

 迷いが腫れたときのメシほど美味いものはない。そんな食べっぷりである。


「いや、俺の意思は!??」

「ないよそんなもの」

「言い切るなよっ!!」

「だってアンタが結婚してくれなかったらお姉ちゃん誰とも結婚しないし、もちろん働きもしないからズット独りで、この家で、年老いた両親と距離を開けたまま孤独死していくしかないのよ? そんな家族三人放っておいてアンタはひとり幸せに暮らしていけるわけ?」


「いけるわけないだろ!!」


「でしょ? でも私と結婚すればみんな幸せになれると思わない? 親もわずらわしい義理の親戚と孫の取り合いしなくて済むし、私たちもズット姉弟で過ごしてきたんだから、いまさら価値観の違いとかなくて一生仲良く、他人と交わらずに暮らしていけるじゃない?」


「いや、すでに違うんだよなぁ価値観!!」


「なぁに? じゃやっぱり私に孤独死しろって言うの?」

「見つけろよ相手を!! 俺の他に!!」

「無理。アンタ以外の男の〇〇◯なんて汚くて口に入れられないピーーーーーーーーーーーーーーーーーわ」

「生々しい表現やめろ!!」


 だめだやっぱりこの姉、根本的にイカれてる。

 このままだとマジで孤独死させるか結婚させられるかの二択になる。

 やっぱり俺がしっかりしないと……。


 孝之はここ数日の反省をすべて撤回し、あらためて優衣菜更生計画を再始動させようと考えるのであった。


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