第88話 優衣菜の夢

「で、できたモノがこれズラか……?」


 子供が悪ふざけで作った粘土細工のような物質ブツを前にして、林檎は頬を引くつかせつつ肩を落とした。

 事情は聞いた。

 それで代用品を作ろうと台所を借りにきたことも理解した。

 わからないのは目の前に鎮座する真っ黒いオハギ。


「……どうしたらショートケーキを作ろうとしてコレが出来上がるのズラか?」

「コーホー……うむ、スポンジを作ろうとしたがオーブンがなかったのでな。フライパンで焼いてみたのだが焦げてしまって、まあいいやと生クリーム塗ろうとしたのだがこれもなくて。牛乳に卵とマーガリンを大量投入し、焼いて固めたものを代用として作ったのだが焦げてしまって。せめてものオシャレにチョコプレートで『ごめんねごめんね~~』とメッセージをいれようとホワイトチョコを火にかけたら焦げてしまったのだ。コーホー……」


「どうしてなんでもかんでも焦がすズラか!??」

「料理は火力が命と聞いたものでな。スコ~~」


「それは中華ズラ!! 焼き菓子は火〝加減〟が命なんズラ!!」

「コーホー……そんなものは知らん。だったら貴様が作ってくれればいいだろう聖女アップルよ。コーホー……」

「なんでオラがそんなことしてやらなきゃイケないズラか!?」

「だってソレ、もう食べているだろう? コォォォォォォ……」


 目を光らして威圧する優衣菜。

 置かれた岡持ちから崩れたケーキとサンドイッチを貪り食っている林檎。

 言われて「ダフッダフッ!!」とムセ込み、


「こ、これは手土産だとくれたんズラよな!??」

「いや、そんなこと言った覚えはないな。あ~~あ、せっかくの商品が盗み食いされてしまった……これじゃあ仕事が終わらないし帰ることもできないなぁ~~。スコ~~~~」


 優衣菜はそっぽを向き、スコ~~、スコ~~と口笛を鳴らした。


「き。貴様卑怯ズラぞ!! ――――ヌガッ!!」


 ハメられたと怒る林檎。

 その顔を両手で挟んで優衣菜は真剣に忠告する。


「コーホー……いいか聖女アップルよ。これを食べた時点で私とアンタは共犯なんだ。雇い主のアタオカ元ヤンからセクハラ折檻せっかんされたくなければ、一緒にこの窮地を脱する方法を考えようではいか。スコ~~!!」


「せ、セクハラ折檻……て、なにされるズラか……?」


「三人となると……おそらく泡泡トリプル騎◯位とか、W壺◯いとか、トライアングル〇ン◯とか――――可能性はなきにしもあらず。コーホー……」


 囁かれた林檎は……まんざらでもない表情で頬を熱くしたりする。


「ア……アンタと……? そ、それで、ご主人のビジュアルは?」

「このようになっている。スコ~~」


 魔女姿に扮した愛美アフロディーテの写真を見せる。

 林檎はボンッと鼻血を噴出して、


「す……すまんズラ……ちょっと考えさせてほしいズラ」


 禁断の花園へ、イくか戻るか、真剣に悩み始めた。





「で……できたズラよ……」


 ギリギリの理性で踏みとどまった林檎。

 モラルと常識に負けてしまったのかもしれない自分に疑問を持ちながら、それでもケーキを作ってくれた。

 見た目は愛美アフロディーテが作った物に及ばないものの、代用品としては充分な出来栄えに見える。サンドイッチも玉子にハム、BLT、ツナきゅうり、とバラエティ豊富に作り直された。


「ほほう、さすが聖女アップル殿、博識で器用、見事なクオリティーだ。これで私も無機物相手に操を捧げなくてよさそうだ……恩に着るぞ。コーホー……」


 林檎は血の涙を流しながらも、


「……いや、かまわないズラ」


 弱々しくこたえた。

 そして鎧姿の優衣菜をあらためて見て、


「ところで……心の傷は相変わらずそうズラな。試験はどうすることになったズラか?」


 一転、ちょっと心配そうに訊いてきた。


「コーホー……うむ。試験は受けるつもりだ。そしてできれば大学進学も視野に入れている。そのつもりで勉強中である。スコ~~」

「……ほう? 大学? してその目的は??」

「まだおぼろげだが……コ~~」


 優衣菜はガチャリと兜を脱いだ。

 そして遠い目をして語りはじめる。

 一人で真剣に考えた、まだ孝之にも話していない、ささやかな夢である。


「……私、ゲーム開発者になりたいなって思って」


 少しハニカミながら、それでも迷いのない目を林檎に向けた。

 照れくさいが、元教師である林檎ならば茶化さずに聞いてくれると思ったから。

 期待通り、林檎はなにもおかしな顔をせず、


「ほほぉ~~。それは大変な道を選んだズラな? てことは目指すは工科系の大学ズラか? それともデザイン系ズラ?」

「どうしようかなって。……できればキャラクターもプログラムも全部自分で作りたいって思っているの」

「ほぉ~~う? でもそれはいよいよ大変でござるぞ? てか一人でって同人活動でもするズラか?」

「うん。だって人が苦手だし……」

「ま、まぁ……それでも充分稼げてる人間もいるズラから……。ど、どんなゲームを作りたいんズラか?」

「……夫がゲーム好きで」

「夫? あの弟ズラか?」


 また禁断のステージを思い出し、鼻の奥がツーンとしてくる林檎。


「うん。そんな主人が喜んでくれそうなゲームを作りたくって……」

「ゲ、ゲーム好きな弟さんなんズラな? ……で、ど、どんなゲームが好きなんズラか? シューティング? RPG? パズル? 作るにしても色々……」

「ピンクの髪した童顔美少女(カスタム可能)を着せ替えつつ、いろんな教育(組体操系)をして立派なレディー(色気ムンムン)に育てる系の――――」


 聞いた林檎の鼻の穴からピュ~~~~~~~~っと赤い液体が飛び出した。

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