第87話 エライことになった

 カチャ……カチャカチャカチャカチャカチャ……。


 とある自販機の影にて。

 優衣菜は小刻みに震え、鎧をカチャカチャ言わせていた。

 震えの原因は岡持ちにあった。

 中で、出前の品がグチャグチャに潰れていたのだ。


「……あ…あんのクソ警官めぇ~~~~シュコーーーーッ!!!!」


 絶対にあのときじゃないか。

 走行を邪魔され、ひっくり返されたときだ。

 サンドイッチは分解されてバラバラに。

 ショートケーキはアルミの壁に貼り付いて、潰れてしまている。


「むむむ……。これはマズイな……どうするか……コーホー……」


 愛美アフロディーテは元ヤンで、怒らせたらとても怖い。

 過去にイタズラでタ◯ポンに山葵わさびエキスを注入してやったことがあったが、仕返しに電動コケシをぶち込まれそうになった。

 あと一歩のところで電化製品に奉仕することになりかけたあのときの恐怖は、いまも忘れられない。


 ――――暴れたりなんかするなよ?


 忠告はされていた。

 自分が暴れたわけじゃないのだが、このまま引き換えして事情を説明しても、きっとプチお仕置き(全身たわし洗い)ぐらいはされそうである。


「……おいおい、こいつは地味にピンチだぜぇ~~スコ~~……」


 優衣菜はとりあえず、この惨劇を乗り越える手段を考える。


 ① 自分で形を整え直す。

 ② もともとこういう商品だと言い張る。

 ③ 別の商品とすり替える。


 ②は論外。

 出前を頼むほどの常連さんだ。秒でバレてしまう。


 ①も厳しい。

 見つかってしまったら『お前は出◯館の配達員か』と全国の笑いものにされてしまう。 


 ……となると③だが……。


 ――――チャリ。

 優衣菜はどこからともなく愛用のガマ口を取り出し、中身を確認する。

 所持金1200円。


 だめだ、こんな持ち金じゃ代わりのケーキなどとても用意できない。

 ちょうど向かいに洋菓子屋があるが、ケーキもサンドイッチもとても高価。

 コンビニ? スーパー??

 いやいや、クオリティーが違う。誤魔化しきれない。

 じゃあ手作り? ……作る場所も道具もない。


「あああ……だめだ……もうお仕舞いかもしれぬ……シュコ~~……」


 あきらめてプチお仕置き(一時間耐久ローションマッサージ)を甘んじて受けるしかないのか~~~~……。

 ごりごりごりごり……。

 自販機に兜をこすりつけ、悶絶する全身鎧。

 道路を行き交う人々は遠巻きに過ぎていく。


「――――はっ!??」


 そんなときパッと脳裏に妙案がひとつ浮かび上がった。

 そういえば、いるじゃないか。

 こんなとき頼りになりそうな人間が。


 最近知り合ったあのせいじんが。





 ――――ジリリリリリリリリリリ。


 黄色く変色した、古めかしい呼び鈴。

 それを押すと、スピーカーから割れたジリリ音が響くこともなく奏でられた。

 ここは林檎のボロアパート。

 先日知り合い、自分の数少ない良き理解者となってくれた彼女に、知恵と台所を借りに来たのだ。


「……コーホー……む、おかしいな留守だろうか……? コーホー……」


 ベルを鳴らしても返事がない。

 首を傾げつつノブを回すとギギギと音がして扉が開いた。


「なんだ開いているではないか。失礼するぞスコ~~」


 遠慮なくお邪魔する。

 部屋の中には林檎がいて、こちらに背中を向けながら首を吊っていた。


「コーホー……こんにちは聖女アップル。先日は大変お世話になった。今回はそのお礼と、とある相談をしにやってきた。上がらせてもらうぞ……コーホー」


 そして鎧(土足)のままギシギシと上がり込み、和室と一体型になっている台所へと進んだ。

 流し台とコンロがあるスペースは、そこのところだけ板の間になっており昭和レトロを感じる良い台所である。

 優衣菜は吊り下がっている林檎を押しのけると、ちゃぶ台の上に岡持ちを置いた。

 押された林檎はゆらゆら揺れているが、無視して戸棚を物色する。


「……おう、小麦粉発見。砂糖も発見。苺は……使い回せるから良しとして……そもそもショートケーキなんてどうやって作るのだ? コ~~?」


 携帯を取りだしレシピを検索する。


「ふむふむ……卵、砂糖、薄力粉? バターに牛乳……」

「……おい、ズラ」

「生クリームに……バニラオイル?? ちょっと聖女アップルよ、聞きたいのだがバニラオイルとはなんなのだ? エッセンスとは違うのか? スコ~~」

「ああ、それは微妙に違うズラ。エッセンスに対してオイルは耐熱性に優れているズラ。なのでエッセンスは生菓子、オイルは焼き菓子に向いているズラね。棚の奥、そこの右側にあるズラよ」

「なるほど。うむ、見つけたぞ。……それで次は道具だが、ハンドミキサー、ハンドミキサーっと……コーホー……」


「だから……おい。……ズラ」


「コーホー……聖女アップル~~ゥ、ハンドミキサーはどこにあるのかぁ?」


「そんな贅沢なモノは置いてないズラ!! てかお前なにやってるズラか!! 首吊りこういうときにはちゃんとリアクションしろと前に言ったズラ!!!!」

「いやお構いなく。ただ死ぬ前に一つだけ相談に乗ってもらいたいことがあるのだよ。逝くならそれが終わってからにしてもらえないだろうか? コーホー……」

「貴様!! 相変わらずイカれた神経しているズラなっ!!!!」

「あなたも相変わらずで微笑ましいな。聖女アップルよ。スコ~~」

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