第85話 乙女心姉心

「コーホー。むふん、やはり私はこの鎧が一番しっくりくる。スコ~~~!!」


 大好きなベイクドチーズケーキを前に優衣菜は上機嫌。

 兜の口を開けて、その隙間から器用にフォークを差し込んでいる。

 破沼庵ハヌマーンは今日も愉快な格好をした老人たちの憩いの場と化していた。

 愛美アフロディーテも相変わらず魔法使いの格好。

 ランチ用のシチューを仕込む様が異様に似合ってしまっている。

 そんな彼女が、振り返りもせず優衣菜に話しかけてきた。


「……しかしアレだな。お前も最近ちょっと変わってきたよな」

「そうであるか?……コーホー」


 以外な言葉に首を傾げる優衣菜。

 いったい自分の何が変わったと言うのだろう?


 林檎の説教(?)があってからと言うもの、孝之はなんだか大人しくなって以前よりガミガミ言わなくなった。

 勉強しろとも、鎧を脱げとも、将来を考えろとも、なにも言ってこない。

 調子に乗って夜這いを仕掛けた時はさすがにバックドロップされてしまったがソウイウコト以外はものすごく優しく――というか無反応になってしまっている。


 だからむしろ以前より堕落しているつもりですらいる。


「……変わったと思うぞ? だってお前、ちょっと前まで滅多なことじゃ店に来やしなかったし、来たとしても人を避けた時間帯だっただろう? それがいまはこんな午前中にも堂々と来店してくるようになってよう。治ってきてるんじゃね? 人間恐怖症」

「コ~~……い、いやいや……そ、それはさすがに……」


 でも、たしかに。

 最近は頻繁に、店へ遊びに来るようになった。

 鎧さえ着込めば怖くないというのもあるが、変わってしまった破沼庵ハヌマーンの、非現実的な雰囲気がリアルを忘れさせてくれるというのも大きい。


 しかしそれでも以前なら自分から外に出ようなどとは絶対思わなかった。

 孝之との数々の訓練(?)のおかげで人畜無害のお年寄りくらいなら怖くなくなってしまっている。


「孝之は相変わらずふさぎ込んでいるのか?」

「コーホー……うむ。ふさぎ込むっていうか……あまり私にかまわなくなったっというか……。その……会話は普通にするのだが、コ~~……」


 正直。

 気楽になった反面、寂しくもなった。

 孝之の訓練は厳しくて無茶でもあったが、でもそれは全部私を想ってくれてのこと。

 それがなくなったということは、私に興味がなくなってしまったと感じることもできてしまう。


「で、興味を引くために、自主的に外へ出る練習をしていると?」

「コー……いや、これは別にそんなつもりではスコ~~……」

「でもちゃっかり勉強もしてるじゃんかよ」


 優衣菜の手元には参考書とノートが広げられていた。


「ヒュコッ!! ……い、いやいやこれは一応……試験は受ける約束になっているからな……。受けに行けるかわからないが、ともかく勉強だけはしておこうとだな……スコ~~!!」

「……にしてはあきらかにレベルが……ま、いいけどよ」


 優衣菜のしている勉強は高認試験用というよりも、その先の大学受験用。

 それもかなり高いレベルの参考書だった。


「コーホー……。や、約束は約束だからな。コーホー」

「エライねぇ。試験は来月だっけ? ……それまでにその鎧、脱げるようにしとかないとな。また衣装でも貸そうか? 色々新作を預かってるんだが?」

「いや、それはまだちょっと……シュ~~……」

「つっても一ヶ月なんてすぐだからな? せめて会場に入らなけりゃ試験もなにもあったもんじゃないだろう?」


 おっしゃる通り。

 でも、自分で克服するとなると、なかなかどうにも一線を超えられず……。

 こうなってくると孝之の荒行は、やはり必要なものだったようにも思えてくる。

 愛美アフロディーテはしばし考え込んで、ポンと手を打つ。


「あ、じゃあよ。お前ちょっとウチでバイトしねぇ?」

「コ~~。はっ?」





「三丁目の大島さんな。ケーキは崩れやすいからパニクって暴れたりなんかするなよ?」


 店の表の道路にて。

 鎧の上からムリヤリ着せられたウエイトレスの制服。

 紺色のワンピースとフリフリ付きの白いエプロンがパッツンパッツンに伸び切って悲鳴をあげている。


 持たされた、喫茶店仕様のオシャレな岡持ちの中には破沼庵ハヌマーン特製サンドイッチとショートケーキが入れられていた。


「お茶会用に出前を頼まれてたんだけどよ、親父が起きてこねえしどうしようかと思ってたんだ。これなら実益と訓練を兼ねて一石二鳥だろ? どうよ、いいアイデアだろう?」

「コーホー……。いい……というか……コレは先輩の都合が九割なのではないか? しかもこの前とヤッてることはあまり変わらないのでは? スコ~~~~?」

「ンナコトナイナイ。鎧はそのままでいいって言ってんだ、ちょっくら頼まれてくれよ。この電動キックボード使っていいからよ」

「……むうスコ~~……」


 渋々、ボードに片足を乗せる優衣菜。

 ギシッと軋む車体。

 それでも最大荷重120キロとのことなので、なんとか大丈夫そうではある。


「人に慣れるのって、ようは場数だからな。何度かこなしていけばいつか鎧なしでも平気になる日が来るかもしれないだろう?」

「コーホー……そんなものか……」


 いまいち釈然としないが、たしかにこれも訓練にはなりそうだ。

 孝之が見ていてくれないのは、やっぱり寂しいが。

 しかしこういう努力はいつかどこかで伝わるもの。

 そのときに見直してもらったりして。

 そして惚れ直してくれちゃったりなんかして。

 したらもうご褒美にアンナコトとかソンナコトとか……。


 むいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ…………。


 想像する優衣菜は、自然にアクセルを回してしまっていた。

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