第84話 狂ってんのか?

「らっしゃっせぁああぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 何をそんなにキレてるの?

 そう聞きたくなるほど過剰な威勢で「いらっしゃいませ」を叫び散らかすラーメン屋。

 そんな繁盛店を指さして慎吾が言った。


「つまり、お前がやっているのはああゆうことだ」

「いや、意味がわからん」


 昨日の晩、拉致されて事情の説明を求められた孝之。

 なにも話す気になれず、しばらくは黙秘を続けたが『FUJ◯WARA原◯ ギャグ一兆個全部見せます』動画を大画面大音量で繰り返し見続ける拷問を受け、速攻で陥落。あえなく先日の林檎とのやり取りと、そうなったまでの経緯を一部始終説明させられた。

 結果、激怒した慎吾にハッカ油染み込みパンツをムリヤリ履かされ、一晩中、痛みと寒さで眠らせて貰えなかった。

 そして時計も午前10時を回った頃、今度は街中まで連れて行かれ、とあるラーメン屋の前で説教されているのだ。


 店は繁盛しているようで、すでに行列ができ始めていた。

 黒いシャツと黒いキャップをかぶった店員は、お客を迎えるたび額に血管を浮かび上がらせ、あらん限りの大声で挨拶ラッシャッセを繰り返している。

 一人が声を上げると、他のスタッフ、料理人あわせてみな同じように大絶叫。

 少し離れた場所でそれを見る慎吾はとても不愉快な顔をして孝之を睨んだ。


「お前はあの店があれで正しいと思っているのか?」

「……? 別に……とくにおかしなことはないと思うけど……?」


 徹夜で赤くなった目を擦りながら答える。

 正しいも間違いも、よくある威勢のいいラーメン屋だ。

 何系なのか、そういうのはよくわからないが、イカツイ店主が腕を組みながらドヤ顔で看板に映っている。

 慎吾の言いたいことがわからず沈黙していると、


「らっしゃっさぁああぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!」

「うるせぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!??」


 いきなり慎吾が耳元で大絶叫してきた。

 破れそうになった鼓膜と、唾でベチョベチョになった顔を擦りながら派手にひっくり返る孝之。


「どうだっ!??」

「なにが!???」

「不愉快だっただろう!!」

「ああ、不愉快だったさ!! 昨日の晩からずっと不愉快だよ!! お前けっきょくなにがやりたいんだよっ!!!!」

「お前が優衣菜さんにやったことと同じことをしてやったんだYOっ!!」

「だから、どうゆうことだよ!??」

「俺はいま!! 良かれと思ってお前にワザとデカイ挨拶をした!!」

「絶対嘘じゃんっ!??」

「しかしその結果!! お前の鼓膜は破れかけ!! 顔面は俺の体液でベトベトになったはずだ!!」

「言い方やめろ!!」

「そしてお前はいま激怒している!! それはなぜだ!?」

「答え言ったよね、いまっ!!」

「それは〝俺が良いと思ったこと〟と〝お前が求めていること〟が食い違っていたからだ!!」

「いや、お、お、お、お前絶対良いなんて思ってなかっただろ!? 悪意しかなかったよっ!? 嫌がるべくして嫌がってるよ俺っ!!」

「見ろアレを!!」


 抗議をまったく聞くようすもなく、慎吾は再び店を指差す。

 店員は相変わらず絶叫していて、出来立てのラーメンを運ぶスタッフもヤケクソ気味に叫んでいる。


「お前、アレ食う気になるか?」

「いや、そりゃ、う~~~~ん……」


 ラーメンを運んでいる店員は、二十代も後半ぐらい。

 野暮ったい無精髭もそのままに、威勢はいいものの、どこか疲れた感じで無理をしているようにも見えた。

 食べ終わった器を下げる時も忙しいせいか行動が乱雑で、残った汁がユニフォームにかかっても、気にしていない。


「……俺はゴメンだ。あんなオッサンに片足突っ込んだ人間の、きたねぇ〝唾入り〟ラーメンなんてなっ!!」


 慎吾の言う通り、あんな大声で叫んでいたら確実に料理に唾は飛んでいる。

 料理人にいたっては、鍋に顔を向けながら絶叫しているのだ。

 ほとんど隠し味レベルで入っているに違いない。


「店はアレを良かれと思いパフォーマンスでやっているのだろうが、客にとってみたら迷惑でしかない!! 見ろ!! あまりの音量にビックリして飛び上がっているやつもいるじゃないか!! なにが悲しくて汚い男どもの出汁が入ったラーメンを、頭の上で何言ってるんだかわからん絶叫を浴びせられながら食わなきゃならんのだ!! おかしいだろう!? 求めているのはデカイ挨拶じゃないんだ、うまいラーメン、それだけなんだ!! お前のやっていることはまさにコレ!! お前が良いと思っていても、優衣菜さんにとってはありがた迷惑でしかない!! やっている行為はあの唾入りラーメンと同じ!! 独りよがりの何の意味もない自家発電的にズレたモノでしかないんだYO!!」


 慎吾の言わんとしていることは、なんとなく、かろうじてだが分からんでもない。

(なぜラーメン屋で例えようとしたのかはわからないが)


 俺のやってることは空回りで、姉の為にはなっていないと言いたいのだろう。

 わかってるよ。だから反省してたんだよ。


 とはいえ林檎ではなく慎吾ごときに怒鳴られ、言い含められるのは癪に障る。

 ので、ささやかな反論をしてみる孝之。


「で、でも……それでも店は繁盛してるじゃないか? それはどう説明するんだよ」


 だが慎吾はまるでひるまず、


「それは今の世の中、お前みたいに型にはまった考え方しかできない愚かな人間ばかりだからだ!! あそこに並んでいるやつは全員、店のやっていることに間違いはないと思考停止して何も考えず並んでるんだYO!!」


 親指を逆さに、首元で線を切る。

 そんな慎吾に孝之は、もう一つの確認をする。


「…………あそこの店員さん、お前好みの可愛い人だけど……?」


 見ると店の奥から、遅れてやってきた若くて可愛い女性店員がホールに入り料理を運び始めていた。

 彼女もやっぱり元気に威勢よく挨拶ラッシャッセをしていて、唾を飛ばしてしまうのも気にしていないご様子。

 さて慎吾はというと――――、


「おま、何やってんだよ!! 並べYO!! 早く来いYO!! 俺がおごってやるっつってんだYO!! ラーメン屋最高!! 出汁も最強!! 挨拶は元気よく思いっきりイキまSHOWTIMEショウタイム!! phewポゥッ!!」


 どこかの黒人ラッパーに変化して、最後尾に並んでいた。

 孝之はただただ意味がわからないと頭を抱え、疲れた表情で座り込むのだった。

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