第82話 そんなつもりじゃ……。

「…………で?」


 温かいコーヒーを淹れながら愛美アフロディーテは、うなだれている孝之を冷ややかな目で見下ろした。


「その元教師の林檎さんとかいう人に説教されて、おめおめ帰ってきたわけか?」

「コーホー……オバサンではない聖女アップルと呼びなさい、コーホー……!!」


 夕方頃、ようやく帰ってきたかと思ったら、優衣菜はいつもの鎧姿。孝之はなんだか打ちのめされたようにおぼつかない足取りだった。

 なにがあったか聞いてみるとカクカクシカジカ。


「……まぁ確かにお前の行為は行き過ぎたところもあっただろうが、悪気があったわけじゃなし。優衣菜も悪いところがあるからお互い様だと思うけどなぁ私は」

「しゃーーーーっ!! スコーーッ!!」


 そんなことを言っちゃう愛美アフロディーテをシャーで威嚇する優衣菜。

 孝之は落ち込んだままボーっとした目線で、


「……いや、確かに……あの林檎さんの言うことは一理も二里もあったよ……。正直俺……姉ちゃんがパニック起こしていなくなったとき……これまでのコト全部後悔したもん……。俺、とんでもなく酷いことしていたんじゃないかって……」

「う~~~~~~~ん……まぁ~~~~~~~ぁ、そぉかもぉ~~ねぇ~~……」


 最大級に曖昧な相槌を打つ愛美アフロディーテ

 林檎さんとやらが言う、優衣菜の引き篭もりを短絡的に悪と決めつけず、まずは親身になって、そうなった原因を優しく解決せよ。

 その意見はよくわかる。

 すごく正論だと思うのだが……。


「……うれしい……ようやくわかってくれたのね孝之。じゃあ式はいつにする? 早いほうが良いわよね? 来年すぐだよね? あ、でも両親にはなんて報告すればいいかしら……。そうだわ、じゃあ先に子供作っちゃいましょ。そうすればもう誰にも文句言われなくなるわ。うん、そうしましょうそうしましょう!! コーホー~~!!」


 大喜びで兜をハメたままゴツゴツと孝之の側頭部にキスをする優衣菜。

 そしてそのまま襟首を掴んで引きずって、あいのすに帰ろうとする。

 そんな優衣菜を見て『これだもんなぁ~~~~』と苦笑いを浮かべる愛美アフロディーテ


 心に傷を負っているのは確かなんだが……なんというか同情できないというか、元々が調子のいいキャラだったので解りにくいのだ、ダメージの程が。

 そして甘やかせば甘やかすほど堕落していくのも容易に想像できるし、そんな優衣菜に一生振り回されて苦労させられる孝之の未来も容易に見える。

 だから多少強引な荒療治も間違いではないと思うんだが……。


「ま……それも二人が決めることか」


 あくまで一歩引いた立場でようすを見守ろう。

 愛美アフロディーテはそう自分の立ち位置を意識しつつ、携帯という名のミサイル発射装置を取り出した。





「ふっふふ~~~ん、ふんふんふん♪」


 ルンルンで家に帰ってきた優衣菜。

 さっそく鎧を脱ぐと、いつもの死装束にお着替えする。

 そして精気なく落ち込み、ソファーに崩れている弟の胸になだれかかると、


「……ねぇん、お姉ちゃん、昼間の騒動で疲れちゃったなぁ~~……慰めて欲しいなぁ~~……」


 目を潤ませて服の上から弟の乳首を人差し指でクリクリクリクリ。

 いつもならここでバックドロップなり延髄斬りなり飛んでくるのだが、今日の孝之にそんは覇気は一切ない。

 よほど林檎の意見が刺さったのか、目が死んでしまっている。


 ――――キュピーン☆

 それを見て逆に優衣菜の目が輝いた。


 いまだ。

 いましかない!!

 既成事実を作ってしまえるチャンスはいまでしかない!!


 そう確信した優衣菜はさっそく着物の帯を緩めた。

 そして孝之のシャツのボタンもサクサクと外す。

 そこまでしても目は死んだまま。


「……こ……これはオッケーってことでいいんですな……?」


 ゴクリ……と生唾をのむ。

 いきなり訪れた急展開に、優衣菜の心臓はバクバク高鳴ってきた。


「で、では……え~~~~……と、はれ? ど、どうするんだっけ、これから」


 既成事実作りイタズラを続けようとする優衣菜だが、ここから先にイケた経験がないので、どうしたらいいかわからなくなる。


「え、え~っと……まずはなんだっけ? いらっしゃいませだっけ? それから上着をかけて消毒液でうがいを……ってちがうちがう」


 それはプロの流儀だろ!? 

 自分で言って自分でツッコむ。

 だめだ、なんだが緊張してきて考えが右往左往している。

 ――――ジト……。

 手に汗が滲んできた。

 昼間走り回ったこともあって体もいくぶんかぐわしい。


「……そ、そうだわ!! こ、こういうときはまずはシャワーね。そう、シャワー!! ……お、お姉ちゃん先に行くから、孝之はジュースでも飲んで待っててね!! 大人しくね!!」


 ドカンとゲータレードをテーブルに置きながら、風呂場へと消えていく優衣菜。

 そんな姉になんの反応も示さない孝之。

 もう、どうにでもしてくれという風に脱力してしまっている。

 そこに――――、


「呼ばれて飛び出てJYAJYAJYAJYAJYA~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ンッ!!!! んどぉりゃぁああぁあああぁああああぁあぁぁあああぁあぁぁぁああぁぁぁぁあっ!!!!!!!!!!!」


 どがっしゃあぁああぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁんっ!!!!!!!!!!!!


 アラビアン風の衣装を身にまとった、慎吾という名の謎の怪人が、窓を突き破って登場した!!


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