第81話 林檎の説教
「ま、冗談はこれくらいにしておいて……ズラ」
「しておいて」
きっちり100回鞭打ちを食らわし。
きっちり100滴ロウを垂らし終わって。
二人は話の〝本題〟に入ろうとする。
「い……いやいやいやいや!! 冗談じゃないよ、冗談になってないよ!?? ちゃんと火傷してるし水ぶくれもできてるよ!? なんだよこれは!? 姉ちゃん、誰なんだよこの人!?」
「この人は私の恩人で、理解者で、弁護人の富士林檎さんです」
「べ、弁護人……?? フジリンゴ!???」
いまだ縄で
林檎はそんな孝之に向かって怒りの視線を突いてくる。
「そう、オラは富士林檎。元教師にしてフリーターの世迷い人ズラ!!」
「い……いや、知りませんケド……。そ、その世迷い人がどうして姉ちゃんと一緒になって俺を鞭打ってるわけ!??」
「それはもうカクカクシカジカ―――というわけズラ」
「ぐ……そ、それはうちの姉が随分とご迷惑を……」
説明を聞いた孝之。
バカ姉の、案の定な奇行種ぶりに目を覆いながら陳謝する。
「なんのなんの。オラとしても久々の来客ズラからそれは全然構わないズラが、しかしそうなった経緯には怒っているのでござるよ!?」
「い、いや……だからそれは誤解で……」
「誤解? 優衣菜殿の怯え方は本物だったズラよ? なにが誤解なんズラ、言ってみるズラ!!」
「い……いや……だから俺だって姉ちゃんを怖がらせるつもりなんてなくて……。ただこのまま引き籠もってても人生詰んじゃうだけだから……その……少しでも早く社会復帰できるように色々と……」
林檎の剣幕に押され、しどろもどろ言い訳をする。
そんな孝之の側頭部に、
――――じゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。
煮えたぎった番茶を垂らす林檎。
「あっついって、だからっ!!!!!!」
バタンバタン!!
打ち上げられたカツオのごとく暴れる孝之。
リアル熱湯の熱さはロウどころの騒ぎではなかった。
「優衣菜殿にはちゃんと自分で決めた道があるそうズラよ? なのになんで弟のあんたがしゃしゃり出て、勝手に更生させようとしているズラか!?」
「み、道!?? なんのことだっ!??」
「結婚して旦那がいるそうズラな!? それで家庭に入って家を守りたいと。だったらそれで良いじゃないズラか? 立派な道ズラ!! 少なくとも弟のアンタがとやかく言う問題じゃないズラ!! 旦那と相談して決めることズラ!! うらやまし~~~~~~~~~~~~~ズラッ!!!! オラも!! オラもあやかりたいズラーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
後半は願望丸出しに血の涙を流す林檎。
孝之は話を聞いて、白々しい目を向ける。
「……俺です」
「ん? なんズラか?」
「その……旦那って……俺のことデス」
「なにを言っているズラか? アンタは弟じゃないズラか?」
「いや、その……弟なんですけど旦那と呼ばれている状態でもあります」
その言葉を聞いて目を点にする林檎。
優衣菜は感動して、
「う、嬉しい孝之!! やっとその気になってくれたのね!!」
嬉し泣きしながら孝之に抱きついた。
「ち、違う!! いまのはポジション的にそういうコトになってるって話しで、これから誤解を解こうとしているんだ!!」
「やん、誤解じゃないし!! だって孝之、ちゃんと鎧も持ってきてくれたじゃない。わざわざ取りに帰ってくれたんでしょ!? 汗だくになって……!! それって愛よね!? 本当は孝之だってお姉ちゃんのこと愛してくれているんでしょ!? そうよね、そうに決まっているわ!! 大好き、む~~~~~~~~ん!!」
そして動けない孝之の頬に濃厚なキスをする優衣菜。
それを見た林檎は――――ブホッ!!
鼻から真っ赤な血を吹き出して、
「ぬ、ぬお~~~~~~~~っ!! こ、これは……き、き、き、禁断の近親相姦というやつズラか!?? 一人っ娘のオラには無縁の――――しかし腐女子界にはエデンの園と噂される禁忌の果実っ!! なななななななな、生で見るのは初めてズラ!! やっぱり都会は多様的ズラ刺激的ズラ芸術的ズラ!!」
バッタンバッタン!!
興奮したトドのように畳の上を跳ね回った。
「ち、違う!! だから俺たちそんなんじゃなくって!! そもそも実の姉弟でもなくって――――」
「みなまで言わなくていいズラーーーーーーーーーーッ!!!!」
弁解しようとする孝之を、林檎は全て理解したと手で制す。
そして抱き合う二人に生米をふりかけつつ、
「オラは大丈夫ズラ。そういうことに偏見を持つような人間ではないズラから。心から応援させてもらうズラ。……しかしそれでも言わせてほしいことはあるズラ」
「……な、なんですか?」
ダメだまともに説明を聞いてもらえそうな雰囲気じゃない。
弁明するのをあきらめて、とにかく話を聞いてみる。
「……高校生の旦那の、学費と生活費を稼ぎに嫁が働くとか……それは二人の事情だからオラにはなにも言えないズラ。だけども……心に傷を負った人間を無理矢理外に放り出すのはやっぱりやめてあげてほしいズラ」
「…………は、はぁ……」
「引き籠もった人間というのはなかなか世間から理解されにくいものズラ。怠けてるとか、甘えてるとか……。普通の人間からすれば人生から逃げているとしか思われないズラが、しかし彼らも好き好んで閉じこもっているわけではないズラ。ジッと部屋にとどまって、それぞれの傷と戦っているズラ。悩んでいるズラ。考えているズラ。それは毎日学校に行くことよりも、仕事に行くことよりも、よっぽど辛くて苦しい思いズラ。そんな彼らに必要なのは〝更生〟じゃなく〝癒やし〟ズラ。まずは心に負った傷を癒やして……後のことはそれから考えるズラ。それが正しい人の道だとオラは思うズラ」
「う……」
急に真面目なことを言い始めた元教師・林檎。
その主張に孝之は何も言い返せず、黙り込んでしまうのだった。
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