第79話 なにものですか?
「オラはな、こうみえても実は東北で先生をやっていたズラよ」
「ゔえ?」
まさかの職歴に、目を丸くして驚く優衣菜。
自分のことを変人ではなく、よくいる人間として、あっけらかんと受け流してくれた林檎。
優衣菜もそんな彼女を同類と認知し、自然に話し込んでいた。
「高校教師として地方を転々としていたズラが、そのうちバカな学生共に愛想尽かしちゃって、辞めて旅にでたズラ。それから気に入った土地で仕事探して辞めて探して辞めてを繰り返して……いまここにいるズラ」
「せ、先生なんていい仕事につきながらもったいない……」
「何言ってるズラか? 教師なんてブラック中のブラックズラよ? あんなもの長く続けていけるヤツなんてどこかイカれてるか、よっぽど要領がいいかじゃないと務まらないずら。人間関係も最悪ズラ。コネ持ち組が威張りくさって不正とか横領とかやりたい放題ズラ。生徒もおかしな日本教育のせいで価値観が完全にバグっているズラ。DQNはもとより進学校のエリートも暴力を学力に持ち替えて人をぶん殴るチンピラしかいなかったズラ。たしかに収入は安定していたズラが、心が乱れまくって全然幸せじゃなかったズラよ!!」
「そ、そうなんだ……。ってあれ? じゃ林檎ちゃんトシいくつなんだろ? 私と同じくらいだと思ってたんだけど……?」
「トシ? トシは今年で29ズラ」
「……げ」
聞いてまたまたびっくりした。
どうみても二十代前半にしか見えなかったからだ。
そんな優衣菜の反応を面白そうに見て、得意満面に鼻をこする林檎。
「よく若いって言われるズラ。やっぱりストレスフリーな生活を送っているから肌に元気があるズラ。やっぱり人間、楽に生きるに越したことはないズラね。ふっふ~~ん。あ、いまさら敬語とかいらないズラよ? 面倒くさいズラからな」
いや、単純に太っているからではないだろうか?
などと思った優衣菜だったが、そんなことよりも自分と同じ価値観の人間に出会ったことの喜びに思わず涙ぐんで手を握っていた。
「? なにズラか?」
「いやもう……私の家族ってね……おもに母と夫なんだけれど。なにかって言うと生活態度を改めろだの、ちゃんと働けだの、勉強しろだのとにかくうるさくって。私もわかってるんだけど……できないものはできないじゃない? だからあきらめて家庭に入ろうとしているんだけど、夫がダメだって――――」
今度は林檎が驚く番。
――――ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
口いっぱいに含んだ番茶を盛大に吹き出した。
「熱っつ、熱っつっ!?」
チリチリの熱湯が顔面に直撃した優衣菜。
熱さに畳の上をのたうち回った。
「お、お、お、おたく結婚していたズラか!?」
「うん、一応!! 熱っつっ!!」
その事実に大ショックを受ける林檎。
クラクラとちゃぶ台に肘をついた。
「…………ぐ……あ、あんたみたいな人間恐怖症持ちでも結婚できるモノはできるズラね……。いったいどうやってとっ捕まえたか気になるズラが……。いや、そういわれたらアンタかなりの美人ズラな? やっぱり美人は女にとって最強の武器なのズラか!? けっきょくは見た目ズラか、ズラなのね?」
血の涙を流している林檎に、服で茶を拭った優衣菜は「違う違う」と首を振る。
「いや、旦那って言ってもね、私の場合はね――――」
説明しようとしたところで、
「――――――――ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
――――ドガバンッ!!!!
絶叫とともに、また扉がぶち開けられた。
そして踊り込んできた少年は、
「姉ちゃん!! いるかっ!!! どこだっ!! 姉ちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
汗とヨダレを撒き散らし、血走った目で優衣菜を呼んだ。
「孝之!!」
優衣菜が顔を輝かせると、無事を確認した孝之は心底安心したようにヘナヘナとその場に座り込んだ。
「い……いた。……よ、良かった……姉ちゃん……」
汗がボタボタ、玄関に滴り落ちた。
息も絶え絶えで、連絡してからここまで、きっと全速力で走ってきてくれたのだろう。背中にはいつもの鎧まで背負ってきてくれている。
優衣菜はそんな孝之の気持ちに感動し、思わず涙ぐんでしまった。
そして熱く抱きしめようと飛びつく――――が、それよりも一歩早く、
「お前ズラかーーーーーーっ!!!! わからずやの弟というやつはーーーーーーーーっ!!!! この人生一本道常識かぶれ世間体重視野郎がぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
――――どぐわっしゃあぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁぁんっ!!!!
突如ミサイルのように飛び込んできた林檎。
渾身のジャンピングクロスチョップが孝之の顔面にめり込んだ!!
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