第78話 そんなもんズラ

「ふんっ、今日はこれで勘弁してやるけども!! 次来るまでに用意してなけりゃアンタわかってるだろうねっ!!?」

「ははぁ~~~~……」


 借金のカタに薄汚れた石油ストーブを押収された林檎。

 謎のお婆さんはガナリ散らしながら帰って行った。

 そんな山姥やまんばをひたすら平伏しながら見送る。

 ドガバン!!と扉が閉まると同時に、


「ふぅ~~~~ま、今日はこのくらいで勘弁してやるズラ」


 なぜか勝利宣言し汗を拭った。

 優衣菜は座布団の下に避難していた。


「ああ……お騒がせしたズラね。いまのはここの大家ズラよ。……まったくちょっと家賃を滞納したくらいで強欲なことズラよ。人間ああはなりたくないものズラ」

「そ……そうなんだ……」


 すっかり縮み上がってしまった優衣菜は亀のように丸まり、動く気配はない。

 林檎は何事もなかったようにお茶を入れ直し、ズズズと一口、自家製ベ◯ースターをポリポリやりながら、


「いやぁ~~オラもな、いまは無職ズラからお金がないんズラよ。……そろそろ働かなきゃいけないと思っているんズラが、毎日が日曜日も1年続くとなかなか腰も重くなるものズラよ……。おっと、おたくはもっと上手だったズラね? ニート歴5年ズラか? いやぁ~~大したもんズラ」


 褒められているのかケナされているのか。

 どう受け止めて良いかわからず、とりあえず苦笑いを浮かべる優衣菜。


「それで家賃がたまって、取り立てられるたびに死んだふりして誤魔化してたズラけども……それももう限界ズラね。やれやれ……またバイトでも探すズラか」


 大きくため息を吐きながら部屋の隅に転がっている、いつのだかわからないヨレヨレのフリーペーパーを取り、ペラペラめくり始める林檎。

 しばらく憂鬱そうに求人欄を眺めていると、


「て、おお!! すまないズラ、お客さんを放ったらかしに求職活動するものじゃないズラな。こりゃ失敬失敬」

「……いやあの、お構いなく……」

「え~~っとなんの話をしていたズラかな? ……ああそうズラ、弟さんが迎えに来るって話だったズラね。いやぁ~~しかしおたくも変わってるズラな? なんでそんなに人間不信になっているズラか?」


 なんでもクソも……そんな無茶苦茶プライベートな話、会ったばかりの人間に話せるわけないじゃないか。 

 優衣菜はそう思ったが……なんだろう? 

 この林檎という生物、なんだか他人の気がしない。

 いや、歴は違えど同じニートという時点で同類、いや同族。

 少しくらいなら……心を開いてもいいかなと思った。


「…………高校のとき……学校で変なウワサを立てられて……。それで男子に軽い女と思われて……。ちょっかいかけられそうになって……。まわりの女子たちも私のこと売女だって嘲笑うし……気がつけば友達は誰もいなくなってるし……親友だと思ってた子も同じように笑ってたのを知ったら……ああもういいやってなって……学校も行かなくなって……それからはもうズッと人のこと嫌いになって、一人で部屋に籠もって――――あ……」


 ボソボソと、そこまで話して「しまった」と口を押さえる優衣菜。

 油断してかなり重い話をしてしまった。

 こんな話他人にしたところで、安い同情か白々しい慰めぐらいしか返ってこないことは知っている。そしてそのどちらも自分にとっては嫌なものでしかない。

 ……やってしまった。

 と、後悔しながら林檎のほうをチラリと見ると、


「へ~~ぇ……そりゃ災難だったズラねぇ……。ふ~~ん……」


 求人欄を見ながら乾麺をポリポリ、まるで変哲もない世間話でも聞くように軽いリアクションだった。

(……いや、聞かせろって言ったのアンタだろ!?)

 それはそれで腹が立つ。と林檎を睨む。

 しかしまぁ、思ってたよりもズッと楽な対応をされたので内心はホッとしていた。


「なるほどぉ……そうなるとあれズラねぇ、働こうにも学ぼうにも、なかなか面倒くさいズラね。いっそのこと世間に出るのは諦めて――――」

「わ、私のこと……変なやつだと思わないの?」


 勇気を出して聞いてみた。

 自分ではこんな自分を少なからず異常者だと自覚しているところもあったからだ。

 しかし林檎の返事は相変わらず軽かった。


「? いや? ……そりゃ一般的とは言えないかもしれないズラが、アンタみたいな人、世の中にゴマンといるズラよねぇ?」 

「そ……それは、そうだけど」


 ネットの中にはたしかに、自分などまだ可愛いと思えるほどの凄惨な経験をした人間が山ほどいる。そしてまだまだ上手なダメ人間がいることも知ってはいる。

 けど、リアル社会から離れてしばらく経つ優衣菜には、それらの話が真実かネタか判断できないでいた。

 しかし林檎は、


「去年まで行ってたバイト先の店長は、もう10年も引き篭もっている息子いるっていってたズラし、その前の派遣先の工場だって元ニートの巣窟だったズラよ?」


 ケラケラ笑いながら言う。


「でも、みんなそんなの聞いても知ったこっちゃないって感じだったズラ。世間ってごく一部の上流階級以外はみんなどこかぶっ壊れてるズラから、いちいち人の傷なんて気にしないズラね。オラもそうズラよ」


 言ってまたケラケラと笑った。

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