第77話 あ、そういうこと?

「うぅぅ……い、いただきます……ズズズ……」


 出してもらった粗末な番茶をすすりながら、ついでに鼻水もすする結衣菜。

 引き込まれた部屋は六畳一間の薄汚れた和室で、いかにも一人暮らしな雰囲気である。


「……ちょ、ちょっとは落ち着いたズラか?」


 東北(?)ナマリがきつい女は、ご丁寧にもお茶菓子まで用意してくれた。

 とはいえ出されたのは袋麺を砕いて粉末スープをふりかけた『自家製ベ◯ースター』だったが、結衣菜もこの類のケンモメシはお手のモノなので驚きはしない。


「うぅぅぅ……そ、外よりは……マシ……かな……?」


 部屋を見渡すと、ボロボロの家具に10年は型落ちしたテレビ。散乱した雑誌とスミに固められた洗濯物の山。

 かつての自分の部屋ほどではないが、なにか同類の雰囲気を感じる。

 素顔で人と接するのはNGな結衣菜だったが、この丸っこい生物ならばなんとか耐えられそうな感じがした。


「……で、おたく何者ズラか? どうしてウチの隙間に挟まってオラの部屋なんか覗いていたズラ……?」

「い……いやその……別に覗いていたわけじゃなくって……」


 結衣菜は自分の簡単な自己紹介と、ここに至った経緯をザックリ説明した。

 女の名前は『富士ふじ 林檎りんご』と言うそうな。

 冗談みたいな名前に思わず吹き出しそうになった結衣菜だったが、もっと冗談みたいな名前の知り合いがいる。彼女の顔を思い出してなんとか踏みとどまった。




「ははぁ……なるほど……。それでパニックを起こして壁に引っかかっていたわけズラか……」


 黙ってうなずく結衣菜。

 林檎はそんなそんな結衣菜を別段不思議がることもなく、すんなり受け入れてくれた。


「それは弟さんの方が悪いと思うズラよ。……社会復帰を考えるのは当然とは思うズラけど、モノには順序ってものがあるズラ。とくにアンタみたいな、心に傷を追った者を無理矢理引き戻そうとするのは暴力だと思うズラ!!」

「キラキラキラキラ」


 見ず知らずの人に、そこまで味方をされたのは初めての結衣菜。

 思っていることを全て代弁してくれて惚れそうになっている。


「どれ、携帯を貸してあげるズラからコレで弟を呼ぶと良いズラ。なんならオラも味方になって無茶は止めるよう説得してやるズラ!!」

「……あ……ありがとう……」


 これまたボロボロのガラケーを受け取った結衣菜はピポパと番号を押す。

 するとしばらくして息を切らしたようすの孝之が電話に出た。


『はぁはぁ……はい? ど、どなた……ですか……ぜぇぜぇ……』

「あ……孝之~~~~!! 私……お姉ちゃんだよぉ~~~~……!!」


 半べそで名を呼ぶ結衣菜に、電話向こうの孝之は声を荒らげ、


「っ!? ね、姉ちゃんか!?? ぶ、ぶ、無事だったか!?? なにしてんの、いまどこにいるの!???」


 かなり心配したようすで聞いてくる孝之に、結衣菜はメモに書いてもらった住所を読み上げた。


「わ、わかった!! す、すぐ行くっ!!」

「う……うん……待ってるから……ぐすん」


 久しぶり(40分くらい)に聞いた弟の声に恐怖が和らいでいくのを感じた。


「ありがとう……。弟、すぐに向かえに来てくれるって……」


 ホッコリしながら携帯を返そうとする結衣菜だが、林檎の顔は逆に強張っていた。


「????」


 その表情の意味が分からず困惑するが、林檎は「シッ、ズラ!!」と、人差し指を口に当て神経を集中させている。

 静まった室内。

 やがて外から――――ザズ、ザズ、ザス、ザス。

 擦れるサンダルの音が聞こえたと思うと、玄関扉の前で止まった。


「まずい!! か、隠れるズラっ!!!!」


 林檎は慌てて結衣菜を押入れに突き飛ばし、自分はミカン箱の上に飛び乗ってロープの輪っかに首を吊るした。


(え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!???)


 いきなりの自◯再開。

 さすがの結衣菜も展開についていけない。


 意味が分からず見上げていると――――がちゃがちゃ、がちゃんっ!!

 ガギを開けた音がして玄関扉が乱暴に開けられた。

 そしてズカズカとサンダルのまま上がってくる、一人の気が強そうな婆さん。

 輪っかに首を通し、しかし手はしっかりとロープを握りしめ、箱の上でギリギリのつま先立ちをしている林檎。

 その生命線とも言えるミカン箱を、


「何回も何回もおんなじ手で同情を誘おうとするんじゃないよっ!! いいからさっさと家賃を払いなっ!!」


 ――――どかんっ!!

 躊躇なく蹴っ飛ばした!!

 支えをなくした林檎は、


「――――ぐ、ぐえっ!???」


 手の力だけではその豊満ボディーを持ち上げることができず、思いっきりロープに首を締め上げられてしまっている。


「ぐえじゃないよ!! あんたもう四ヶ月ぶんも貯めてるんだからね!! 来るたび来るたび首吊って、情に訴えてるつもりかもかれないけど、こっちもそろそろ限界だからね!! 今日こそ耳揃えてきっちり払ってもらうよっ!! 聞いてるかい、おいっ!!!!」


 グイグイと、助けるどころか足を引っ張る鬼婆さん。

 林檎は顔がうっ血して、文字通り熟れた林檎みたいになっていった。

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