第75話 ぱにっく!!
「でね、オバさんところの子もそろそろお年頃でしょ? どっかでおかしな男子とくっついちゃったりしないかって、お父さんもピリピリしちゃってね。で、こないだ娘の携帯かってに覗いちゃったりして大変だったのよ~~。怒った娘が『もう、こんな家でていってやるぅ~~~~っ!!』とかって。いいじゃないねぇ、ちょっと見るくらいねぇ、それが親の特権ってもんよねぇ?」
訊かれた孝之は顔面を引きつらせたまま「そうですね」と曖昧な返事をした。
結衣菜は青い顔をして孝之の背中に隠れている。
するとオバさんは「あらやだ」と口を押さえ、
「あらあら? あらあらあらあらあら??」
そう言って隠れている結衣菜を覗き込んできた。
結衣菜はほっかむりとマスクを深くかぶり直して抵抗するが、昔なじみのオバさんは、
「あなた……もしかして結衣菜ちゃんじゃない?」
ぎくっ。
「やっぱりそうだわ、そんな変な格好してるからわからなかったけど……結衣菜ちゃんよね?」
「イイエ、私は通りすがりの殺人コックです。近寄ったら誰ソレかまわずたたっ斬りますので、どうかお構いなく(裏声)」
「なに言ってるの結衣菜ちゃん? 私よ私、タ・チ・バ・ナ・よ。お母さんの友達であなたのこともよく知っている立花よ。忘れたの? 忘れてないわよねぇ? あらぁ~~お久しぶり、もうモデルの仕事はやってないんですって? かわりにデザインの学校に行っているとか? もう何年もすっかりご無沙汰で。ダメねぇ近所に住んでるのに、学生さんとは全然時間も合わなくて、元気だったかしらぁ~~。でも、もったいないわぁ~~~~。お母さんの仕事を手伝うのもいいけど、若いんだからもっと露出したっていいと思うのよオバさん。どれどれちょっとお顔を見せてちょうだいな、ほんとにお久しぶりねぇ~~~~」
抵抗する結衣菜の腕をものともせず、にこやかに笑いながら無理矢理マスクとほっかむりを引っ剥がそうとする立花さん。
孝之は「そうか……お義母さん、外にはそういう風に言っているのか」とメモを取っている。
「や……やめろう。や、やめないか貴様!!(裏声) ちょっと……いや、ちょっとほんとに止めてください(本声)」
オバさんという名の最強生物にからまれてしまった結衣菜は、必死の抵抗もむなしく、アレヨアレヨと言う間に素顔をさらけ出されてしまった。
「あらあらまぁまぁやっぱり!! まだまだ若くて可愛いじゃない!! いやもうハタチ超えてるんだったわよね? いつぶりだったかしら?? でもでも大人っぽくなって綺麗になった!! うんステキ!! やっぱりあなたまだモデルでいなさいな、女優になってもいいと思うのよ? なんならオバさんが知ってる事務所を紹介――――」
結衣菜の顔を両手でしっかり鷲掴んで、勝手な話を膨らまそうとする立花さん。
いきなり顔面防御力を0にされた結衣菜は目をグルグル回して、
「い~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~やぁあぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!!!」
叫び、物凄い力でオバサンを振りほどく。
そして猛ダッシュでどこかへ走り去ってしまった。
「あらあらまぁまぁ……どうしちゃったのかしら……?」
事態がわからず「???」と見送る立花オバさん。
孝之も呆気にとられ、モウモウと巻き上げられた土煙をながめていた。
落っことしていった中華鍋と包丁が、コワンコワンと音を奏でているのを聞いてようやくハッとする。
「だ、ダメだ姉ちゃん!! ちょっと待って、一人で行くなーーーーっ!!!!」
しかし、すでに結衣菜の姿はどこにも見えなかった。
「い~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~や~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
顔を押さえつつ、パニックになって住宅街をひた走る結衣菜。
勢い余って表通りに出てしまった途端――――。
グサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサ!!!!
往来の人々の視線が、四方八方、大量に突き刺さってくるのを感じた。
「い~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~や~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ますます恐怖に拍車がかかってしまった結衣菜は、中年オジサンを吹き飛ばし、若い男を放り投げ、可愛い女子高生の胸を揉み、ご老人のカツラを裏返し、迷惑系動画配信者にドロップキックをかました後、さらに爆走して彼方に消えてしまった。
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