第74話 いきなり座礁
「……ね、た、孝之……ど、どこ行くの……。お、お姉ちゃんもう限界なんですけど……」
住宅街を抜け大通りへと出た孝之、結衣菜はそんな弟の腰にべったりと、へっぴり腰でしがみついていた。
「どこって……適当に散歩だよ。これは姉ちゃんのリハビリと、その服がどこまで一般的に通用するか確認するためだからな」
今日は土曜日。
人通りは多く、みな結衣菜の服装をチラチラ見ては通り過ぎていく。
異世界料理人という設定らしかったが、料理人というよりかは屠殺場の解体職人を連想させる。
しかしあの鎧姿よりはまだマトモなのか、飛び退く人や泣き叫ぶ子供はいなかった。
「……背中の包丁とマスクを外せば、ギリ試験場を通してもらえるかもな」
孝之のつぶやきに、結衣菜は青ざめて首を振る。
「無理無理無理無理!! 顔を晒したうえに武器まで取り上げるなんて、アンタは鬼か悪魔か
「……まぁ試験日までまだまだあるんだから、徐々に慣らしていこう。とりあえずはこの状態で向こうのドラックストアまで行こうじゃないか。買いたいものもあるし」
「避妊具ならお姉ちゃんすでにいっぱい買って――――痛いっ!!」
「冷凍食品とかだよ。今日特売だし」
などとじゃれつき歩いていると、目の前に交番が見えた。
「第一関門だな……」
ゴクリ。
さっそく現れた公共の常識判定施設。
孝之は緊張と不安に顔を強張らせつつ、努めて自然に歩を進めるのであった。
……しかしまぁ当然のごとく。
――――ピッピピッピッピッ!!!!
「ちょっと待ちなさい待ちなさい!??」
通り過ぎた直後、慌てた警官に呼び止められた。
「……な、なにか?」
ぎこちない笑顔で振り返る孝之。
結衣菜も真っ青な顔で抱きついている。
四十代くらいのオジサン警官は、
「なにかじゃないよ……なんなの、いやもう色々言いたいこととか、聞きたいことがあるけども……とりあえずそのデッカイ包丁。それ完全にダメだからね!?」
言ってホイッスルを鳴らしてくる。
「ああ……いや、これは単なるオモチャでして……」
弁解しようとする孝之。
結衣菜の背中から包丁を抜こうとして、
――――ズシ。
「重っ!?」
あきらかに鉄の重みが感じられて青ざめてしまう。
刃渡り50センチはあろうかという、ナタにも似たデザインの鉄の塊。
(……こ、これ……マジモンの肉切り包丁(戦闘仕様)じゃないか!?? あ……あの営業マンなに考えてんの???)
「オモチャ~~~~……? うん、まぁそうなんだろうけども、一応確認させてもらえるかな~~?」
そう言って、疑りながら近寄ってくる警官に、
「シャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
毛を逆立てた結衣菜が猫目で思いっきり威嚇した。
「うぉぉおっ?? なんだいなんだい?? いや、ちょっと確認させてもらうだけだから」
しかしすっかり怯えきってしまっている結衣菜は、孝之の背に張り付いて警官を近づかせようとはしない。
「ちょっと、なんなのもう。そんなに怯えられても困るんだけどな……。っていうかキミたちはどういう関係? 恋人さん?」
「姉弟です」「夫婦です」
同時に答えられた警官は目を点にして固まる。
ああ……またこのリアクションだよ、と結衣菜をドツいて説明を続ける孝之。
「いや、本当に姉弟で」「新婚夫婦で」
「ちょっと散歩に出ているだけで」「嫌な服をムリヤリ着せられ連れ回され」
「けっして怪しい者ではありません」「羞恥プレイを強要されているだけです」
「ちょっと考えさせてくれ……」
完全に食い違った二人の言い分に混乱してしまう警官さん。
男の言い分は『姉妹で散歩中』
女の言い分は『夫婦で特殊プレイ中』
「え~~~~~~~~……と、ん? てことはどっちでも問題ないのかな? ……いやしかし……あきらかに女性は怯えているし……いやでも男にしがみついているってことは……怯えさせているのは本官であって……」
わけがわからなくなってしまい、フリーズしてしまう警察官。
そのスキに孝之は結衣菜の手を引っ張ってスタコラサッサとその場から逃げた。
「やれやれ……なんとか上手く(?)いったぜ……はぁはぁ……」
「二人のコンビプレイね」
「違うわ、あの警官がバカだっただけだ」
交番から少し離れたコンビニの前。
孝之と結衣菜はそこのゴミ箱の影に身を潜め、やり過ごしていた。
しばらくジッとしていたが、警官が追ってくるようすはなかった。
ともかく第一関門でいきなりアウト宣告を受けてしまった〝戦う料理人〟
すでに戦意喪失し、買い物を諦め
「大通りはもう戻れんな……仕方がない、遠回りして帰るか」
もう一度交番を横切るわけにいかなくなり、裏道を通って戻ろうとする。
しかしそこにまた新たな声がかけられた。
「あら? まあまあ、あらやだ孝之くん?」
びくうっ!??
驚いて振り返ると、そこには近所に住む顔見知りのオバさんが。
「あ……ど、どうも……こ、こんにちは」
この人は義母とよく立ち話をしていた人だ。
たまにウチでお茶も飲んでいたし、挨拶くらいはしたことがある。
名前はたしか立花さん。
「あら~~~~お久しぶりね。ご両親まだフランスでしょう? 姉弟二人っきりでお留守番とか大変ねぇ~~~~。オバさんね、あなたのお母さんからくれぐれも子供たちをよろしくって言われてるのよ。でもね孝之くんももう高校生だし、お姉ちゃんはもうすっかり大人でしょ? だからあんまり構ってもお節介かと思って。本当はね、お料理の一つでも持ってようすを見に行きたかったんだけどホラ、若い二人の食卓にオバさんが作った煮物ってのもねぇ、かといってハンバーグとかピザをおすそ分けっていうのも変な話でしょ? カレーだったらいいのかもとか考えたんだけど、カレーなんて孝之くんでも作れるだろうしね、やっぱりお節介かなって――――」
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。
たじろぐ孝之に構わず、マシンガンのように喋りはじめた。
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