第72話 マジですか?

「……じゃあこんなのでどうだ?」


 そういって愛美アフロディーテが引っ張り出してきたのは、リザードマンを模したビニール製の着ぐるみ。

 それを見た孝之は「これじゃあ鎧のほうがまだマシだ……」と頭を抱えた。


 十二単じゅうにひとえ騒動の翌日、衣装チェンジを要求しに破沼庵ハヌマーンへ押しかけた。

 試験に向けて〝鎧姿に問題あり〟との愛美アフロディーテの意見には大賛成だし、動いてくれたことには感謝しているが、しかしその答えがどうして十二単じゅうにひとえになるのかと。

 文句を言った返答がコレだった。


「いやあ……これもあの営業マンが置いていったモノなんだけどよ。あんまり可愛くないせいか人気なくってな。使ってくれたらありがたいんだが……」

「しょうがないのぅ……では磨呂が着こなしてしんぜようぞ」

「やめんか!!」


 まんざらでもなく受け取ろうとする、平安キ◯ガイネキを止める孝之。

 売りに出した着物だったが、どうやらレンタル品だったらしく、なくなく販売をキャンセルした。

 結衣菜は結衣菜で、地味に気に入っているらしく今日もまた十二単じゅうにひとえと厚化粧を続けていた。


「ちゃんとした格好のをっ!! でないと意味ないじゃないですか!!」

「まぁ……そうなんだけどよ。でもいきなりってのも乱暴だろ? やっぱり何を克服するにも段階ってモノが大事だと思うんだよ。……どうもな孝之はそのヘン強引すぎると思うんだよ私は」


 その意見に「うんうんうんうんうんうんっ!!」と激しく同意する平安結衣菜。


「う、そ……そんなことは……? ま、そ、そうだったとしてもコレは段階どうのこうのじゃなく、単なる脱線でしょう? コレもっ!??」


 十二単じゅうにひとえとリザードマン。両方を指さして怒る。


「そうかなぁ……。でも他に良さそうな衣装なんて……」


 困ったぞと頭をかく愛美アフロディーテ

 そんなとき、

 ――――カララァン。

 来客を告げるカウベルの音色が店に響いた。


「おっと、いらっしゃいまっせって……なんだアンタか。ウワサをすれば、だな」


 やや拍子抜けしたように肩をすくめる愛美アフロディーテ

 入ってきたのはくだんの営業マン。

 先日、結衣菜が接客をして、妙な勘違いをさせてしまったサラリー男であった。

 男はなにやら大きなケースを転がしながら入ってきた。


「こんにちは。先日お預けさせていただいた衣装の評判を聞かせてもらいに伺いました。どうです? 反響のほどは」


 言うなり、にこやかにカウンターに座る。


「ああ……見てのとおりだよ」


 愛美アフロディーテは〝仮装お茶会〟で賑わっている店内を指して苦笑う。

 それを見たサラリーは満足そうに微笑んで、


「そうでしょうとも、そうでしょうとも。この店の料理と我が社のデザイン力を合わせればきっと成功すると思っておりました。……実はですね、これを期に社の方でも本格的にこちら方面のコスチュームを開発していこうと計画中でして……」


 ツラツラと仕事の話をし始めるサラリー。

 どうやらこの破沼庵ハヌマーンを実験ダ……モニター店として、今後とも試作着の提供をさせていただきたい、との話のようである。

 愛美アフロディーテとしてもタダでユニフォームを貸してくれるというのなら断る理由もない。

 

「それでですね、今日はまた新作の――――うぉおぉっ!??」


 話の途中で十二単じゅうにひとえ姿の結衣菜と目があって、驚きと恐怖でガタガタ揺れてしまうサラリー。


「……おいおい、なに驚いてんだよ。これもアンタが置いていった衣装だろう?」


 呆れる愛美アフロディーテ

 結衣菜はクソ厚いド化粧のおかげでなんとか無表情でいられているが、あつかましくも近くに座ったいけ好かない男に、いますぐにでも逃げ出すか、殴りかかるか、どっちにしようか判断しあぐねていた。


「あ……いや、これは失礼……。ま、まさか本当に着ていただける人がおられるとは思わなかったもので……」


 ……そりゃそうだろう。

 こんな(化粧、髪のセット含めて)何時間かかるかわからない化け物服、よほど頭がおかしくないと選ばないよな……と、孝之は思った。


「……失礼……こちらの方は従業員の……?」

「いや、従業員ってわけじゃ……ないんだが」

「それではお客様……の方……?」

「客っていうか、なんていうか……」


 見たときは、強烈なインパクトでガタついてしまったが、よくよく見ると、素人ならざる完璧な身構えで衣装を着こなしてくれていた。

 まるで平安絵巻からそのまま抜け出てきたような……いいや、それよりもずっと可憐で整ったたたずまい。

 厚い化粧はお化けみたいだが、よく観察すると、その下にある地顔は超がつくほどの美人だとわかった。


「というか……こいつアレだよ。このあいだの鎧だよ」

「は?」


 聞いて目が点になるサラリー。


 このあいだの鎧とは? 

 ……まさかアノ鎧女のコトを言っているのだろうか?


 ファンタジー世界の騎士になりきり、悪魔的リアル嗜好の料理を提供し、私に昏睡と覚醒をもたらし『うむ、ではギルドへ帰還する』と出ていったっきり帰ってこなかった謎の冒険者。


 そ……それの中身がこの平安撫子なでしこだというのか……?

 とても信じられなく目を剥いている。

 そこに、


「本当だよ。――――あらよっと」


 ――――がぽん。

 取り出したいつもの鉄兜を結衣菜にかぶせてやる愛美アフロディーテ

 するとまるでマジ◯ガーZのようにブワァンと目が輝き、


「コーホー貴様!! 乙女の顔をそんなジロジロ見るんじゃない無礼者め!! ロケットパンチをお見舞いしてやるぞ!! スコ~~~~~~ッ!!!!」


 盾と剣が無いので代わりに鳳凰の構えで威嚇する結衣菜。

 サラリー男は『ああ、本当にこの人だったんだ』と驚きながらもムリヤリ納得させられた。

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