第68話 でも一番ヤバいのはこの人だね
「はい、ではご登録の方ですね~~……?」
「コーホー……うむ。そして職業訓練について話を聞きたいと思ってな。コォ~~」
鉄板の隙間から目を光らせ凄む鎧。
トイレでの思わぬエンカウントに、まだ興奮が冷めていない。
とりあえず室内に貼ってある『子供だけでのお留守番は虐待です』と『シングルマザーのための就職応援』ポスターを眺めて気分を冷やすことにした。
相談窓口の中年男性職員は「ハズレくじ引いたなぁ~~」というひきつり笑顔とともに、結衣菜の出した登録用紙に目を通した。
「え~~と……なになに……お名前は『マイラ・ヒンドリー』……? 住所は……グレーター・マンチェスター、ロイド・ストリート・ノース 15-6番地? 電話番号……0751772493……ってなんですか……これ?」
無茶苦茶な内容に、思わず苦笑いする職員さん。
「コーホー……なにもクソも私のプロフィールである。コーホー……」
臆面もなく答える怪しげな鎧。
とりあえず続きを見てみる。
希望する仕事① 専業主婦
希望する仕事② 自宅警備兵
希望勤務時間 夜勤
希望休日 都度、YES/NO枕にて主張
希望勤務地 タワーマンション最上階
転居 不可
海外勤務 不可
希望月収 500万以上
配偶者 あり
学歴 バカ田大学哲学科 首席卒業
経験した主な仕事① モデル
経験した主な仕事② レースクイーン
「え~~~~~~……と、そ、そ、それで……職業訓練をご希望でしたか?」
「コーホー……うむ。花嫁修業ができる学科を希望したい。コーホー……」
はい、ヤバい奴確定。
そこまで目を通して確信する職員。
机下の警報ボタンに手をかけながら、
「え~~……と……お名前と、ご住所が……もしかして……外国人の方でしょうか……?」
「コーホー……そう見えるかね? コォ~~~~?」
……いや……まぁどっちかと言えば……鎧だし……。
そんな顔をする職員さん。
「あ~~でしたら……
「…………コォ~~? ……そんなモノは無いな。コォ~~」
その返答に、カウンター後ろの職員たちがざわつく。
即座にどこかへ連絡を入れたかと思うと――――ザザザッ!!!!
一瞬にして背後に3人の警備員が現れた。
それらをギギギ……と、ぎこちなく振り返った結衣菜は、
「コーホー……いまのは冗談だ。私は日本人だ……コーホー……」
やりすぎたと反省し、手を上げながらそう訂正する。
実はこれらの無茶苦茶な記入は『とにかく怪しい人間を装って追い返されてしまおう。そうすれば孝之だって考え直してくれる』との結衣菜の作戦だった。
最初っから真面目に学ぶ気なんてありはしない。
さあ、さっさと私に呆れ果てて追い出すがいい。
そういう狙いだったのだが、行き過ぎて不法滞在者になりかけている。
「…………………本当に?」
「コーホー……ほ、本当だ……フコォ~~……」
しかし屈強な警備員たちは背後から立ち去ろうとしない。
結衣菜の足元には、冷や汗で水たまりができていた。
「では、やはり身分証を提示いただけますか?」
「コォォ~~? い、いや……あのその……」
「「……?」」
「……持ってなどいない。……ひ、必要ならば家に戻って取ってこよう……」
職員はますます怪しいと目を座らせる。
「では、せめてお顔を見せてもらってよろしいでしょうか?」
「コォォォォォォォ……断固拒否する!! ゴォォ……」
「「…………………」」
「そういうわけで、また、ごきげんよう。スコォォォォォ~~~~……」
ピリつく空気。
立ち上がり、そそくさと退散しようとする結衣菜。
望んでいた形とは少し違うが、これはこれで狙いは達成した。
帰ったら孝之に『不条理に外国人と間違われ、取り押さえられそうになった。心に傷を負ったので二度とあんなところに行きたくない』とか言って泣きつこう。
上手くいけば同情してもらえて、そのまま既成事実も作れるかもしれない。
――――ふひひ。
不純な笑い声を上げつつ帰ろうとする結衣菜の腕を、
「――――いやいや、さすがにこのまま返せないなぁ」
言って強く掴む警備員。
「フコーーッ!?」
「ちょっと……別室まで来ていただきますよ」
「はい、暴れてもダメよ」
他の二人も身体を囲み、腕を後ろ手に捻ってきた。
「アイタタタッ!?? コォ~~~~!? ちょっと!? わた、私はほんとに日本人だからぁーーーーーーーーっ!! ぎゃーーーーーーーーーーっ!! フコォ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
そして授業中。
孝之の携帯に警察署からの一報が入った。
『自分を日本人だと言い張って西洋鎧を脱がないマイラ・ヒンドリーと名乗る女性がハローワーク内で暴れ、あなたを配偶者で身元引受人だと指名しているのですが事実でしょうか?』
とのこと。
「……事実ではないですが、すぐ行きます」
そう言って電話を切った孝之は、
「先生、死にたくなったので早退させてもらっていいですか?」
泣きそうな顔で手を上げた。
先生は、
「また帰ってくると約束できるなら……いいぞ」
それだけ言って、優しく送り出してくれた。
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