第66話 そういう人も多いね
「コーホー……それで貴様はいい仕事が見つかりそうなのかな? コーホー……」
親切なアドバイスをくれた怪しげなオジサン。
やさぐれ、くたびれきった表情をしている歴戦の戦士に、これからの展望を聞いてみる。
するとオジサンは、その太い指で鼻をほじりながら答えてくれた。
「はっ……ねぇなぁそんなもん。とりあえず前の会社で二年は働いたからな、そのぶん失業手当もらって、しばらくは寝て暮らすな。……で、それがなくなったら、また適当な非正規探して日銭稼ぎだ……ははははは……はは」
「コーホー……なるほど。それならなぜ家にいないでこんなところにいる? 仕事を探しているわけではないのだろう? コーホー……」
「ああ……失業保険もらうにもよ、職探しの〝意志〟ってもんを示さなきゃならねぇんだよ。具体的には月に二回、窓口で〝活動してますよ〟ってフリをして、認定のハンコ貰わなきゃなんねぇの」
「コーホー……フリか……。バレたりしないのか? コーホー……」
するとオジサンは皮肉っぽく笑い、
「バレてるさ。なにせ、ちょっと来て、テキトーに求人票ながめて、それだけで〝活動しました〟ってハンコもらうんだぜ? コッチもムコウも茶番でやってんの」
「コーホー……意味あるのかそれ……コーホー……」
「ないね。……お役所ってのはそんなもんさ。どこもかしこも茶番でいっぱいよ。ほんと笑えるわ」
「コーホー……ふむ、しかし……まぁ、込み入ったことを聞くことになるが、貴様にも家族がいるだろう? ……いいのか、そんな失業保険だけで食べさせていけるのか? コーホー……」
同じ道をゆく者として、先輩の生活状況は純粋に気になる。
余計なお世話かとも思ったが、思い切って聞いてみた。
するとオジサンはまたまた皮肉を込めて笑う。
「俺は独身だよ~~。もうず~~っと独身。だから養う家族とかいないし、気楽なもんよ……」
「コー……ほぉ……それは失礼した。失礼ついでに聞くが、なぜ結婚しなかったのだ? 興味がなかったのか? いや、答えたくなければいいのだが。コーホー……」
「いいや、かまわんぜ? ……そうだなぁ……俺も二十代の頃は人並みに結婚願望ってやつがあったなぁ……。その頃にはもう日本経済も傾いてて金は無かったが、それでもなんとなく自分は将来結婚するもんだと思ってたよ……」
「コー……ではなぜ? ホー……」
聞かれると、オジサンは心底バカバカしそうに肩をすくめる。
そして逆に結衣菜に聞いてきた。
「嬢ちゃん〝勝ち組、負け組〟って言葉……聞いたことあるかい?」
「コーホー……ああ、噂ぐらいは知っている。その昔、30歳を堺に結婚している者を〝勝ち組〟していない者を〝負け組〟と表現している時代があったとか。スコ~~~~~~……」
「それだ、それ。そのちょうど走りが俺たちの時代でよ。……あんときゃもう、テレビでも雑誌でもなんでもソレばっかりでな。とにかく独身者をイジメまくってたのよ。〝モテない〟とか〝相手にされない〟とか。結婚〝できない〟とかな。……結婚願望なんて人それぞれで、若いうちから必死に相手を探すヤツもいれば、俺みたいに機会があればいいかって、のんびり構えてたヤツもいる。……でも、あの時代は〝全員がみんな同じ強さで結婚したがっている〟って社会的に思い込んでてな。単に興味が薄くて結婚〝していない〟だけの者も、勝手に〝できない〟呼ばわりだったんだよ。そういうタイトルの映画だって作られたぐらいだ(笑) それで理不尽にバカにされたくないからって30代になる前に、とにかく誰とでもいいからムリやり結婚しようって〝かけこみ結婚〟なんて言葉も出てきたりしてな。……ほんっっっっとバカバカしい時代だったんだ」
「……コーホー……いまもまだ、その火は
するとオジサンは嬉しそうに、
「それそれ、それなんだよ。俺もまさにそう思ってな。結局、自由恋愛なんて
どうよ? と言わんばかりに両手を広げ、自分を見せるオジサン。
笑ってはいるが、半分自虐が入っているようにも見える。
「コーホー……ん~~~~……まぁそうだな。貴様が幸せなら、それで良いんじゃないか? 人の幸せなんて一つではないのだから。……他人が評価するものではない。これは気遣いでも取り繕いでもない。……私自身の本心だコーホー……」
「……お前……ぐすっ……。……そんなイカレタ格好してるわりにわかってるねぇ~~。だったらこんど政治家連中に言ってやんな『いつまで少子化対策に無駄金バラまいてんだ』って『必要なのは金よりも先に文化の立て直し』だってな」
なんて会話をしていると、
――――ぶるっ。
「コーホー……すまんな、ちょっとお手洗いにイカせてくれ。コーホー……」
エアコンの風が寒かったか、急にもよおし、結衣菜はトイレへと立ち上がった。
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