第65話 教えといてやるぜぇ
「え……とその……どういったご用件でしょうか……?」
ハローワークに入ってすぐ、受付カウンターに座るお姉さんが、いきなり入ってきた鎧に向かって張り付いた笑顔を浮かべた。
またヤバい奴が入ってきたもんだと、ややうんざりした雰囲気も感じられる。
結衣菜は嫌な感じに高鳴る胸を、深い深呼吸で収めながら質問に答えた。
「コ~~ホ~~~~~~……うむ、じつはここで職業訓練というモノを受けられると聞いてきたのだが……コーホー……」
言って、
「そ……そうですか……ハローワークへのご登録はお済みデショウカ?」
あくまでもニコヤカに、刺激をしない方向で機械のように喋るお姉さん。
「コーホー……と、登録? そ、そんなものが必要なのか?? わ、私はなにも聞いていないぞ?? コーホー……」
「では……あちらのテーブルにご登録用紙がございますので、まずはそちらを書いていただいて、整理券を持ってお待ち下さい」
「コー……」
見ると、後ろの壁際に小さなテーブルが置いてあり、そこに数種類の用紙とボールペンが設置してあった。
結衣菜はギッチョンギッチョンとそこに向かうと用紙を手に取った。
施設の中は人で一杯だった。
どいつもこいつも不景気な顔をして、生きた様子が感じられない。
「コーホー……うむ。みな断頭台に向かう死刑囚のような面構え……悪くないぞ歴戦の猛者共よ……コーホー……」
そんな同志にむかって、結衣菜なりの称賛を送る。
みな職を求めているのだろうか、しかし同時に、死ぬほど働きたくないとも思っているはずなのだ。
だが働かないと食っていけない。
だから自らを殺して職につくのだ。
そうして社会に戻っていった者共は、はたしてそれで〝生きている〟と言えるのだろうか?
登録用紙に向かいながら、禅問答を繰り返す結衣菜。
やがて答えが出ないまま記入を終えた。
入口付近にある発券機から券を抜くと379番だった。
「コーホー……いまは350番か……仕方がない、座って待つとしよう……」
カウンター前にずらりと並んだ樹脂製の椅子。
処刑台と言い換えてもいいその最前列に結衣菜は腰掛けた。
カウンター向こうに座る職員たちは、いきなり目の前に現れたフルプレートアーマーに目を丸くしたが、コッチ側に座る人間は全員そんなことでは動じていない。
みなくぐってきた死線が違うのだ。
隣に座る50代くらいのオジサンが話しかけてきた。
「嬢ちゃん……ここは初めてかい?」
その台詞に結衣菜は、兜の下で一筋の汗を流した。
「コーホー……いかにもそうだが……。なぜ私が女だと……? そして
するとオジサンは薄く笑って、背もたれに深く身をあずける。
「……なぁに、長年の勘ってやつかな? 俺ぐらいになると、人から滲み出る悲壮感だけで、そいつが何者か……大体わかるもんさ」
「コー……ほお?」
「……お前さんの気配は悲壮と言うにはまだ若い……。なんと言うか……
「コーホー……匂い……か。……コーホー」
「ああ、お前さんからは〝まだ〟いい匂いしかしねえ。若い女の処――――」
――――こわぁんっ!!
余計な匂いまで嗅ぎ取ったオッサンの頭を手甲で殴ってやる結衣菜。
しかし言っていることは全て当たっている。
やはり底辺(失礼)であがいている人間の
「コーホー……まだ職を探している段階ではないのだが……参考に聞いておきたいな……。いまはどんな仕事が空いているのだ? コーホー……」
「……そりゃ色々さぁ。いまはどこも人手不足でなあ……職なんて探せばいくらでもあるぜぇ?」
「コーホー……ほう? それは景気の良い話だな? コーホー……」
「職〝だけ〟はな」
含みを持たせた言い方をするオジサン。
その目はまるで焼き魚のように濁っていた。
「……どこもかしこもよ、求人票だけは置いていくんだよ。ふふふ……でもな、それに釣られてホイホイ申し込んじまうと……いざ働き始めてから死ぬほど後悔することになるのさ」
「……………………」
「いいか? 求人票に書かれている内容を馬鹿みたいに鵜呑みにしないことだ。企業ってのはな、みなコッチの履歴に不正は許さないが、自分たちの情報は平気で偽装してくるぞ? とくに気をつけたほうがいいのが〝就業時間〟だ。ここはまず、どの求人票も本当のことは書いてねぇ。時間外が月平均20時間ならその3倍はあると覚悟しておいたほうがいいだろう。賃金に関しても上限は見るな下限で判断しろ。時間外手当は無いものと思え。昇給も期待するな。あるとしても額面通りにはまず払われない。仕事内容も聞こえの良いキレイなことしか書いてない。実際働き始めるとたいてい汚れ仕事を押し付けられる。『未経験者大歓迎!』→慢性的に人材不足→社員が逃げてる。『若い世代が活躍中』→定年まで続けられる職場ではない。『アットホームな会社です』→パワハラが状態化。『ノルマ無し』→『目標』という名の
「コーホー……なるほど……やはりこの世は腐っているな……コーホー……」
後ろを振り返ると、老若男女、求職者の全員が深く深く深~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~く、うなずいていた。
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