第64話 お前は最低な男だ

 ――――と言う話を4時間目前の休み時間、慎吾にしたら。


「……そうか」


 彼は静かにうなずき、次の授業の準備を始めた。

 てっきり乱暴だとか、強引だとか、可愛そうだとか、喚き散らして暴れると思っていたのだが……。

 あまりに大人しい態度に拍子抜けする孝之。

 まぁこれは三笠家と姉の将来にかかわる話でもある。

 さすがの慎吾でも、そこまでは口を挟まないつもりなのだろう。


 4時間目、国語の授業が始まってしばらく。

 先生がとある物語を読んで問題を出す。


「え~~~~……では、このときの作者の気持ちを……ん~~~~……蒼慎吾、答えてみなさい」

「お嫁さんコースでいいじゃあぁっっぁぁあぁああぁぁぁぁぁっぁあああぁぁぁぁぁぁああぁあっぁぁぁっぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっ!!!!(絶叫)」


 じゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……。

 じゃ~~~~~~~~~~~~~~~ん……。

 じゃ~~~~~~~~~~~ん……。

 じゃ~~~~~~~ん……。


 先生の顔が驚きに変わり、そして頭に〝?〟マークが浮かんだ。

 生徒たちは無表情。

 唯一、孝之だけは意味がわかって顔を両手で塞いでいる。

 そんな男の襟首を持ち上げて、我慢の臨界を突破させた慎吾がガナリ立てた。


おむぁぅえおまえ、そこはお前お嫁さんコース一択でしょぉ~~~~~~~~~~~~~~う?? 俺言ったね? 言ったよね? 俺だったら結衣菜さん、メチャクチャ幸せにしてみせるって!? 絶対働かせたりしないから!! も、一生引き籠もっててもらってぜんっぜんよろしいから!! 飯も掃除も洗濯も生活費もぜ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んぶ俺引き受けるから!! 俺のこと伝えて!! ちょっとでいいから俺の気持ちWO 結衣菜さんにぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~DXUUUUUUUUUUUUでゅ~~WAAAAAAAAAAAAAわぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」


「な……なんだ、蒼、どうしたんだ!? おい、三笠、蒼のやつ大丈夫なのか!?」


 今年赴任してきたばかりの先生は、驚いて目をシロクロさせているが、


「……い、いやあの……はい。平常運転です」


 吊るされたまま、目を覆ったまま、孝之は冷静に返事をした。

 他の生徒たちは、やはり無表情。

 どうしたらいいかわからずにいる先生を無視して、慎吾は孝之への追求を続けた。


「お前それでどうしたの~~~~~~~~~~っYO!? 結衣菜さんどうしたの~~~~~~~~~~っYO!!!???」

「……とりあえず……たぶん今頃……ハロワ行ってる」

「ハロ~~~~ゥわ!?? バカなお前……なんて残酷なことを……。引き篭もりニートの皆さんにとって……そこは処刑台にも匹敵する絶望の淵!! そんなところにあの人自ら向かうはずはない!! お前何をした!! どんな手を使って結衣菜さんを死地に向かわせた~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!??」


 そんな慎吾の叫びに、孝之は目をそらして、


「…………こいつを人質に取った……」


 鞄から一つの箱を取り出して慎吾に見せた。

 それは先日、結衣菜が買って、いまも絶賛ドハマリ中の超大作学園BLRPGゲームソフト『初恋はバラ味』だった。


「……いまちょど主人公『桐生院 隼人♂』が恋人『楠木 愁斗♂』を寝取った幼馴染の『白鳥 裕介♂』を倒すため伝説のディルドソードを手に入れて、ラストダンジョンに向かっているところだ……セーブデータ共々俺の手にある」


 不敵に言い放つ孝之の胸ぐらを、まるで猟奇殺人者を見るかのような目でひねり上げる慎吾。

 しかしその手は徐々に下がっていき、膝も折れていく。

 やがて、すがりつくように、孝之の制服に顔をうずめると、


「お前は……お前は……自分がなにをしたのかわかっているのか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」


 崩れ落ちて、大粒の涙を流した。

 それでも生徒たちは無表情だった。





「コーホー……ぴるるるる~~~~~~……」


 鎧から吹き出る、湿った息が笛のように音色を奏でる。

 結衣菜の視線。

 その先にあるのは、この街の行政施設がひしめく合同庁舎。


 税務署だの自衛隊事務所だの労働基準監督署だの。

 かたっ苦しい名前が刻まれた看板の一番下に『ハローワーク』と、極力見たくなかった忌々しい名前が書かれている。


 孝之に、進学塾か職業訓練か、ゲームを人質に二択を迫られた。

 結衣菜としてはどっちも死ぬほど嫌だし、勉強する気も働く気も両方ゼロなのだが、どちらかを選ばねば『白鳥 裕介♂』との思い出が灰燼かいじんに帰するかもしれない。

 それだけは耐えられなく、結果、ハローワークの道を選択した。


 理由は一つ。


 進学塾など、しょせんクソガキどもの巣窟。

 世の苦行を味わったことのない、人の痛みを知らない甘ったれた未成熟な子供たちが集まる遊園地だと思っているからだ。(失礼)

 そんなところに身をおいて、たとえ10分でも我慢できる自信がない。

 スクスク笑いのひとつでも聞こえようものなら、たちまち抜刀し一刀両断しかねない。


 そのあたり、ハローワークならまだ人間的に、酸いも甘いも噛み分けた大人が揃っている。踏みにじられた人間(失礼)は人をむやみに、面白半分に傷つけたりはしないものだ。


 なので、結衣菜的にはコッチを選ぶしかなかった。

 ただ。

 もちろん、素直に事を進める気はなかったが……。

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