第62話 異世界喫茶⑥

「う……うどんスパゲッティペペロンチーノ・焦がしマヨネーズと牛乳の中華味噌煮込みオイスター風XO醤甘口スタミナ仕立て……?」


 でろ~~~~んと濁る土白濁どはくだくスープ。

 フォークで麺を持ち上げてみるが、茹で放題の麺はすっかりブヨブヨになってしまい、自重でプツプツと切れ落ちていった。


「コーホー……うむ、私の新作料理でな。自分で言うのもなんだが、わりと上等にできたと思うのだ。さ、遠慮せずにメシアガレ……コーホー」


 なんて言う優衣菜だが、実際のところかなり味付けに手こずっていた。

 とりあえず「アレかな?ソレかな?」と、思いつく限りの調味料を投入し、自分なりに調整してみたのだが、悩めば悩むほど舌がゲシュタルト崩壊を起こしてワケがわからなくなった。

 そんなトキちょうど偉そうな説教を吐いた〝いけ好かない上昇志向系エリート気取り自己絶対正義マン〟の横顔が見えたので試食係じっけんだいに選んだのだ。


 素直に頼んでも拒否されるだろうから、コチラの詫びという形で頼んでみた。

 経験上、この手のプライド高いマンは相手に頭を下げられたら急に弱くなる。

 〝人を許せる自分〟に酔いしれたいのだろうが、馬鹿め……女にとってはそういう自己満足系中年男子こそカモなのだよ……。


 ふっふっふ……。


 兜の下で不敵な笑いを浮かべつつ、優衣菜はサラリー男の一口目に注目する。

 恐る恐る、短い麺のようなブヨブヨを口に運ぶサラリー。

 そして目をつむりパクリとそれを咥えこんだ。


(よし、食べたわね!!)


 さあどんな反応が来るのかと、優衣菜はかつての自信作〝下半身鍋〟を食べた蒼慎吾の姿を思い浮かべていた。

 自分ではアレもそんなに悪くないデキだったと思うのだが、どうも自分は一般人(?)と比べて味覚が独創的に作られているらしく(孝之 談)なので今回も、あのときとよく似た反応が返ってくるだろうと覚悟はしている。

 しかし男の反応はそんな優衣菜の予想と少し違った。


 ――――ガタガタ……ガタガタガタガタ……。


 身体を小刻みに震わせて、全身から汗を噴き出して、顔は七色になっているのだが、騒ぎ出すようすはない。

 それどころか。


「……な……なるほど……こ、これはなかなか再現度が高い料理のようだね……うん、当時の……中世の頃の風景が目に浮かぶようだよ……」


 涙を流しながらそう絶賛してきた。


「コーホー……そ、それは……ほ、本当か……コーホー……」


 思いもよらぬ褒め言葉に呆気にとられてしまう優衣菜。

 てっきりマズいと酷評されると思っていたし、それならばそれで悶絶する姿に『馬鹿め引っかかったな!!』と吐き捨ててやろうと思っていたのだが……。


「こ、これは……アレかな? いつの時代を再現しているのかな? それともファンタジーと捉えたほうが良いのだろうか……?」

「? ファンタジー……コーホー……」


 おかしなことを尋ねてくるサラリー男に首をかしげる優衣菜。


「ああ……だってここはコンセプトカフェなのだろう? 私としたことがテーマを確認せずに入ってしまったようでな。ある程度は認識したが、現実か、架空か、そこだけは掴みかねている。確認させてもらっても良いだろうか?」

「…………………コー……」


 またまたなにを言っているんだこの男は……?

 一瞬意味がわからなかった優衣菜だったが、やがてかつて見た、いかがわしい店(失礼)のHPホームページを思い出す。

 男の勘違いのすべてを理解した優衣菜は間髪入れず、


「コーホー……架空の世界である。コーホー……」


 そう答えた。





 ジョバッゴォォォォォォ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。


「あ~~~~……ダメだ……下痢った……昨日飲みすぎたかも……」


 お腹を押さえフラフラと、長いトイレから出てきた愛美アフロディーテ

 かれこれ30分は……いや、もっとずっと籠もっていた気がする……。

 お尻に便器のO型が刻まれてしまった……。

 店に優衣菜を置きっぱなしにしてきたのは気がかりだったが、腹痛には勝てない。


 とにかく早く店舗に戻ろうと歩みを進める愛美アフロディーテの鼻に、なんとも形容しがたい焦げた匂いが漂ってきた。


「な……なんだこの……歯磨き粉と臭豆腐とグラブジャムンを混ぜて焼いたような匂いは……」


 ものすごく嫌な予感を抱えて暖簾のれんをくぐる愛美アフロディーテ

 その目に飛び込んできたのは、


「コーホー……おまたせした。こちらが当店自慢の〝歯磨き粉と臭豆腐とグラブジャムンを混ぜて焼いた異世界風ゾンビドラゴンのステーキ〟でございます」


 泡を吹いてノビている男性客に、得体のしれない激臭を放つ巨大肉を提供している優衣菜。

 テーブルの上にはゲロを吐いたようなドンブリと、臭いコーヒーの入った湯呑。シュールストレミング小倉サンドに花壇草ざっそうのサラダ。『ぽーしょん』と名札が貼られた男汁ドリンクがところ狭しと並べられていた。

 

 事態がまったく理解できない愛美アフロディーテだったが、ただ一つ、優衣菜を野放しにして厨房を離れた自分が愚かだったと、その場に崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る