第61話 異世界喫茶⑤

 ぐつぐつぐつ……。


「うむ、なかなか良い感じであるコーホ……」


 中華鍋にすっかり収まった優衣菜特製ペペロンチーノ(?)

 牛乳仕立てスープの中で機嫌よく麺が踊っている。

 もう一息で完成しそう。

 だが、その前に一口味を確認してみる慎重派(?)の優衣菜。


「コーホー……好事魔多し。順調なときほど油断してはイケないと言うからな。コーホー……」


 スプーンで一口、スープを飲んでみる。


「…………? うむ……なんだか……味が薄い気がするな……コーホー」


 と言うか、思っていたのとかなり違う味に困惑する優衣菜。

 そもそもなぜこんなに汁気が多くなったのだろうか?

 ヒタヒタに溜まったスープはもはやスパゲッティというよりか鍋焼きうどん。

 自分が思い描いていたスパゲッティ・ペペロンチーノとは似ても似つかぬ姿に首をかしげる。

 ――――しばし悩んだ末。


「……うむ。なってしまったものは仕方がない。ここは一つ、スープパスタのつもりで……コーホー」


 予定変更。

 トラブルにも料理にも、柔軟な姿勢は大事である。

 それはそれでよりオシャレになった気もするし、結果オーライ。

 と、なればさっそく。


「コーホー……鶏ガラスープに豆板醤とうばんじゃん甜麺醤てんめんじゃん、XO醤にオイスターソース、八角、花椒カショウ五香粉ウーシャンフェン


 中華鍋のイメージに引っ張られ、どんどん中華調味料ソッチけいを爆撃していく。

 そして味見。


「……う~~~~ん……なんか……げほっ!! ……辛かったかも……コーホー……げほんっ!!」


 そんな優衣菜の視線の先には、ショーウィンドウの中で飾られた大好物のベイクドチーズケーキがあった。





 カチャカチャカチャ……。


 やれやれ……先方も急な企画変更をしてきたくせに急ぎでとは……。

 会社に帰って書類を作り直すよりも、ここで片付けてしまったほうが早い。

 腹立たしい気持ちをぐっと抑えてサラリー男は作業を進める。


『珈琲処・破沼庵ハヌマーン


 入って鎧が出てきたときには驚いた。

 さらにコーヒーの不味さも問題だが、どうやらここはコンセプトカフェ。

 雰囲気こそ売りにしているのだろう。


 店員(鎧)の格好からしてテーマはおそらく中世ヨーロッパ。

 ただ、こういう店はもっと給仕が芝居がかっていてイベントじみたサービス(有料)をバンバン押してくるイメージがあったのだが……どうやらそういうこともなさそうだ。


 リアル志向ということなのだろうか?


 そう考えると、このコーヒーの不味さも想像のクオリティーを忠実に再現してのことかもしれない。

 ふとキッチンを見ると、さっきの鎧女が中華鍋を振るって何かを作っている。


 中華鍋……? 中世ヨーロッパではないのだろうか?

 いや……この和風湯呑もそうだし、そもそも店の名前が破沼庵ハヌマーン(インドの神)……もしかすると〝混沌〟が真のテーマ―なのだろうか?


 どっちにしろ、店が空いていて静かというのはありがたい。

 作業をしていても大丈夫そうなので、しばらく机を使わせてもらおう。


 ……そういえば、今日はまだ朝食を取っていない。

 なんなら何かを頼んでもいいのだが……あの見習いコックに注文するのもなんとなく嫌だ。


 そう思い、キーボードを打つこと十数分。

 ――――ぎっちょん、ぎっちょん、ぎっちょん、と重い足音が近づいてきた。

 なんだろうと横目で意識してみると、やはり来たのは鎧女。

 な、なんだ??

 悪い予感にドギマギしながら気づかぬフリをしていると、


「コーホー……もし、ちょっとよろしいか? ……コーホー」


 声をかけられてしまった。

 いやな予感にドッと汗が吹き出る。


「……な、なにかな? 作業が迷惑なら退散するが、席が余っているうちは使わせてもらいたいと思っているのだが……?」


 そう顔を上げると、目の前にいきなりドンブリを突きつけられた。

 器の中には茶色く白濁したスープ。

 その下にドロドロと溶けかかった極太の麺が沈んでいて、どうにもならない臭気が立ち込めている。

 そんなドンブリをテーブルに置いて、鎧は言った。


「コーホー……先程の非礼に対するお詫びをしようと思ってな。これは私からのサービスだ。遠慮なく食べてみてくれ……コーホー」


 などと言う。


「そ……そうか? いや、さっきは私も勘違いしていた部分があるし、どうか気にしないでもらいたいのだが……」

「コーホー……私の好意を受け入れぬと申すかオキャクサマ?……コーホー」


 むごごごご……。

 有無を言わせぬ殺気を込めて柄に手をかける鎧女。


「い……いや……そんなつもりでは。じ、じゃあ、いただこうか……」


 迫力に押されて渋々受け取るサラリー。


「……こ、これは……ずいぶんとまた個性的な料理のようだが……どういった名前のモノなのだね……?」

「コーホー……名前? それはもちろんペペロン――――……」


 言いかけて思い直す鎧女。

 しばらく考え込んでいたが、やがてガチョンと手を打つと、


「コーホー……うどんスパゲッティペペロンチーノ・焦がしマヨネーズと牛乳の中華味噌煮込みオイスター風XO醤スタミナチーズ仕立て・極甘口……と言ったところだな。コーホー……」


 黙って見上げる男の顔からみるみる血の気が引いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る