第60話 異世界喫茶④

「コーホー……むう……これは……ちょっとしたスキにとんでもないことになってしまっている……コーホー……」


 火にかけっぱなしだったフライパンが燃えていた。

 売られた喧嘩に夢中で、ソース作りの最中だったことを忘れていた。

 茹でていたパスタ鍋からもブクブクと泡が立って大騒ぎしている。


「コーホー……え~~っとこんな時はたしか……慌てず騒がず……コーホー……」


 とりあえず火を消さねばと、いつかどこかで習った消火法を思い出す。

 まず一番大事なのが〝冷静でいること〟これが一番大事。


「コーホー……うむ、それは問題ない。心得ておるコーホー……」


 フライパン上での出火ならば、油が燃え尽きればおしまいなので、

 ――――カチッ。


「コーホー……うむ。なんとか止めたぞ。コーホー……」


 恐る恐る手を伸ばし、コンロの火を止めた。

 基本的にはこれで、後は火が収まるまで待てばいいのだが、それまでの間は燃えぱなしになる。

 ご家庭の台所ならばそれで良いのだろうが、ここはプロの喫茶店。いつまでも醜態をさらしているわけにはいかない。

 もちろん消化器を使うわけにもいかず、そういう場合は綿製品のバスタオル・シーツ・肌着・新聞紙などに水を含ませ、ゆっくりと覆いかぶせれば良かったはず。

 さっそく濡れタオルを準備した優衣菜。


「コーホー……むう……しかしどうだろう? これをかぶせてしまったら、せっかく作ったソースが水っぽくなりはしないだろうか……コーホー」


 ここまで燃えて、まだソースとして使う気でいる優衣菜は、しばし思案して、


「コーホー……おお、そういえば昔TVでマヨネーズをかければ良いと言っていた気がするな……どれ、マヨマヨ……コーホー……」


 ※ 危険なので真似しないでください。





「コーホー……おおぉ……本当に消えたぞコーホー……」


 冷蔵庫で冷えていた業務用マヨネーズ。

 そのお腹を包丁で開けて中身を一気に投入したところ、急激に温度が下がり、結果ちゃんと火は消えてくれた。


 ※ 運が良かっただけです。絶対に真似しないでください。


「コーホー……一時はどうなるかと思ったが……うむ、こうしてみると温まったマヨネーズとコゲたニンニクと練りからし、酸化したオリーブ油の香りがなんとも刺激的で――ゴホ、げほ――お、美味しそう――げふんっ――である。コーホー……」


 そんなわけで、とりあえず無事(?)ソースは完成したらしい。





「コーホー……さて、ソースはこれで良いとして……麺はどうだろうか?」


 湯で時間をセットしておいたはずのキッチンタイマーを見てみると、数字が一秒たりとも進んでいない。

 どうやらスタートスイッチを押していなかったようだ。


「………………。ま、まぁ……だいたいで良いだろう。料理はセンスが大事だしな……コーホー」


 ボコボコと泡だらけの鍋。

 とりあえずこちらの火も止めてみる。

 しばらく待つと泡が下がっていき、底からデロンデロンに膨れ上がった水太りパスタがお目見えする。


「コーホー……はて? 入れたのはスパゲッティだったはずだが……? うどんと間違えたのだろうか……。……まぁ良い、麺は麺だそんなに変わらんだろう。コーホー……」


 ソースの入ったフライパンへ、うどんモドキを移動させる。


「……………………」


 なぜか想像していたよりも大幅にカサが増えてしまっているようで、あふれんばかりの特盛状態になってしまった。


「コーホー……ま、まぁ……カサが増えるに超したことはないな……。大は小を兼ねるとも言うし……。さて、次の手順は……なになに? 中火で麺とソースを絡めながら茹で汁を加え、乳化させる。好みの状態になったら皿に盛り付け、パセリを振りかけ出来上がり。……乳化?? コーホー……」


(はて?? 茹で汁を加えて乳化とは??)

(乳化って乳のことだよな。ミルキーにするってことだよな)


「……………………」


 どう考えても麺の茹汁ごときでそんな状態になるなど想像できない優衣菜。

 悩んだ結果。


「コーホー……うむ。これはきっと先輩の書き間違いに違いない。コーホー……」


 乳化と言ってるのだから、必要なのは牛乳だろう。

 そう思いパックの牛乳を適量(ドバドバ)流し込んで火をつける。


「コーホー……これで汁気がなくなるまで混ぜていれば完成するだろう。コーホー……」


 なんだ、ペペロンなんたらとか案外簡単に作れるんじゃないか。

 こりゃあ帰って孝之に披露したら、きっと喜んでくれるぞぉ~~~~♪


 上機嫌で鼻歌など口ずさみ、まぜまぜしていると――――ぼちゃぼちゃ。

 フライパンに収まりきらない麺があふれて、コンロの中へどんどんこぼれ落ちて行った。


「……ぬ。この器では扱いきれないか……コーホー……」


 キッチン内を見回す。

 すると上に大きな中華鍋がかけてあった。

 それを見た優衣菜の目がキュピーンと光った。

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