第59話 異世界喫茶③

 ギッチョン、ギッチョン。

 怒りに鉄板をこすらせて、厨房に戻る優衣菜。


 愛美アフロディーテはまだトイレから戻ってこない。

(おのれ先輩……さてはまた飲みすぎて下痢っているな……)

 住居へと続くキッチン暖簾のれんを睨みつけ、歯ぎしりする。


 小うるさいサラリー男をみると、ノートPCでの作業を再開している。

 どうやらしばらくここに居座り、仕事を進めていくつもりらしい。


(くっそう……早く持っていかないとまた文句言われそうだな……)


 仕方ない……コーヒーくらい私が淹れてやるか……。

 そう思い、愛美アフロディーテがいつも使っているサイフォンとやらを見てみるが……何だコレ?? 使い方がまったくわからない。

 たしか……下のフラスコ的なやつに水を入れて、上にコーヒー豆を入れて……あ~~~~ダメだわからん。


 早々に諦めた優衣菜は、別の方法で作ろうと模索した。

(コーヒーなんて、所詮は豆のだし汁でしょう。だったら……)


 ① 鍋に湯を沸かす。

 ② 硬いもの(手甲)で豆を粉砕する。

 ③ ②をこし布(雑巾)に包んで鍋に投入。

 ④ 出汁が出たら取り出し、完成。 


(よし、できた。……これで500円か……けっこういい商売してるわね先輩……)


 本人が聞いたら激怒しそうな言いがかりを思いつつ、カップに移し替えた。





「コーホー……オマタセイタシマシタ……コーホー」


 ことり。

 出来上がったコーヒーを持っていった優衣菜。

 静かにテーブルにのせてやる。

 面倒くさいので〝最低限〟の礼儀もキチンとわきまえてやった。


「ああ……ありがとう」


 モニターを見ながら置かれたカップに指を通そうとするサラリー男。

 しかしカス、カス。

 いくら指を差し込んでも引っかかりが感じられなかった。


「??」


 おかしいなと見てみると、そこに置かれていたのは魚偏の漢字がびっしり書かれた寸胴の湯呑ゆのみ


「……ちょ……ちょっと待ってくれたまえっ!!」


 一仕事してやったと、堂々と立ち去っていくフルプレートアーマー。

 それを止めるサラリー男。

 眉間には拳がぎゅうぎゅう押し付けられている。


「……コーホー……なんだ? 今度はうまくやってやっただろう? コーホー」

「やってやった?? ……い、いや、コレはおかしいだろうどう見ても!??」

「……なにがだ? コーホー……」

「ど、どうみても寿司屋の湯呑だよな?? こ、この店はなにか? こんなもので客にコーヒーを飲ませるのか??」


 怒りに身を震わせながら湯呑を満ち上げるサラリー男。

 バチャバチャとこぼれ落ちる熱々コーヒー。


「あっつあっつ!! そしてなぜか臭い!!」

「コーホー……文句の多いオキャクサマだな。……コーヒーは注文通り出してやったし、カップに関してはお前の主観だろう? どこの誰が寿司湯呑で飲んではイケないと決めた? さては貴様……流行のカスタマーハラスメントを披露するつもりじゃないだろうな? コーホー……」


 だったら相手してやるぞ。

 言わんばかりに腰のロングソードに手をかける優衣菜。

 サラリー男は青ざめて首を振る。


「バ、だ、誰がカスハラをすると言っている!?? わ、私はあくまで一般的な常識をだな――――」


 言ってハッとするサラリー男。


 ……そもそもこんな鎧を店員に雇っている店が常識的であるはずがない。

 さっきは勘違いかと思い直したが……ここはやはり、ある趣のコンセプトカフェではないのだろうか??


 本人は否定していたが、それも役になりきっての演技だとしたら納得がいく。

 だとしたらソコに目くじらを立てている自分こそが非常識。

 サラリー男はひとつ咳を挟むと襟を正し、静かに着席した。


「……いや、すまなかった。たしかに固定観念はいけないな。今日日きょうびの店には……とくにここのような個人経営の喫茶店には他とは違う、独自の個性が必要だ。世界観は理解できないが……入ったからには店の方針を尊重しよう」


 大人しく、コーヒーという名の豆汁をすする。

 先にいた二人の老人客は、こんなやり取りになに動じることもなく、お茶話を楽しんでいるようだ。

 そしてそのテーブルには自分と同じ、和柄の湯呑が置かれている。


 やはり、そういう店なのだな。


 実際はモウロクして目と耳が悪くなり、目の前の人間以外、姿も声もわからなくなってしまっているご老人と、二人が好きな昆布茶(自家製わらび餅付き)なのだがソコを都合よく解釈し、ひとり納得するサラリー男。


 どう味わっても雑巾臭いコーヒーも、きっと趣旨の一つなのだろうと思い込む。


「……コーホー……ふむ、そうか……ならば、ゴユックリ……コーホー」


 大人しくなった男に、拍子抜けしたように剣を収める優衣菜。

 そして自分の料理に戻ろうとキッチンを振り返った途端、


「――――むむ?? スコー……!??」


 メラメラと燃え上がるフライパンが目に入った。

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