第58話 異世界喫茶②
紺色のスーツに身を包んだ、30代くらいの営業風サラリーマン。
きちんと髪を整えた、いかにもインテリイケメンの男は店に入ってくるなり立ち止まり、何かを待っているようす。
やがて鎧姿の優衣菜へと目を止めると、
「一人だが……好きな場所でいいかのな?」
優衣菜の格好に『???』しながらもそう尋ねてきた。
聞かれた優衣菜は「いや、知らんがな」と思ったが、店主がトイレに行っているなど説明するのが嫌で(極力知らない人と話したくない)とりあえずここは黙ってうなずいておく。
愛想のない態度に少し首をかしげながらも窓際のテキトーな席に座る男。
鞄からパソコンを取り出すとなにやら作業をはじめた。
大人しく座っているだけだと確認した優衣菜は、少し警戒を解き、自分の料理へと戻る。
(え~~~~と、パスタってどこまで茹でたっけ……あと10分くらいだっけ?)
途中で邪魔が入ったせいかさっきまでの記憶が飛んだ。
なんとなく麺をフォークで持ち上げてみるが、まだ硬かった。
(うん……じゃああと10分ね)
指定時間は9分のはずだが、そこはなんとなくキリの良い数字で10分。
きちんとタイマーをセットしようとしたところで、
「すまない。水をもらっても?」
フロアから声がかかってきた。
ビクッとしてそっちを振り返ると、さっきのサラリーマンが手を上げてコッチを睨んでいる。
ズッと待っているんだがね?
とでも言いたげな不機嫌な顔である。
優衣菜は右左右と見回して自分を指さす。
当たり前だろう? と呆れた顔でうなずくサラリー。
いや、自分従業員じゃないんで!!
ガントレットをガシャンガシャンと振って給仕を拒否する優衣菜だが、サラリーは、いいから!! なにやってんの!? と苛ついたようすで荒々しい手招きをした。
ガシャンガシャン……ガシャン。
(な……なんだよもう。なんで私がこんなこと……)
内心文句を言いながらも、それでもトレーにお冷をのせて持っていく優衣菜。
――――ギッチョン。
ぎこちない動きでお冷をテーブルに置くと、そそくさと帰ろうとする。
そこに――――「まちたまえ」
またまた呆れたサラリーの声がかかった。
「……キミはあれか? 研修中かなにかかな? いや、たとえそうだとしても、お客様に『いらっしゃいませ』の一言も言えないのはおかしくないか?」
ギロリと睨んでくる。
そして優衣菜の鎧姿をあらためて観察する。
「……だいたいなんだね、その格好は? この店は客をおちょくって――――いや、もしかしたらここは……最近流行りのコンセプトカフェというやつかね?」
店の中をキョロキョロ見回し、メニューも開けてチェックする。
しかし何もそれらしい紹介はされてなく、店の雰囲気も、いわるゆる昔ならではの純喫茶風。とてもそんないかがわしい(失礼)店には見えない。
「コーホー……コンセプト……? いや、これは店とは関係ない。私個人の正装である。コーホー……」
背中から、
サラリーは静かに足を組み直すと、偉そうに背もたれへ身を預けた。
「……なるほど、自由な気風の店ということか。キミは態度から推察するにバイト店員のようだが、歳はいくつなのかね?」
「コーホー……歳、だと? コーホー」
「そうだ。そんな被り物をしていてはわからんからな。高校生程度ならば至らぬ態度も許せるが……」
言って水を一口含むサラリー。
「コーホー……私は22歳の人妻である。コーホー」
「ぶーーーーっ!!!!げほげほっ!! んな!? ひ、人妻!?? 22??」
すぐに吐き出すことになった。
「コーホー……そうだ。現在、高校生の弟であり夫を喜ばすため、この店で料理の修行中である。コーホー……」
「――――っ!??????????」
いろいろ気になるワードが出てきたし、そもそも女だったの?? とか、情報量の多さにプチパニックになるサラリー。
しかしそこはそれ、優秀な彼は一瞬にして脳内を整理し、いま言うべき言葉を的確に選択する。
「……に、22歳にして、し、しかも人妻にして……そんな接客態度しかできないと言うのかキミは?」
――――ザク!!
その言葉に
サラリー男の追求はさらに続く。
「コーホー……むぐ……し、しかし……接客業なんていままでやってこなかったし……コーホー……」
「職歴は?」
「コー……?」
「社会経験はと聞いているんだ」
「……じゅ、15歳の頃からモデルをやって……2年間……それからは自宅警備員を少々……たしなんでおる……コーホー……」
「……モデル……? ま、まあいい。……自宅警備……。とにかく社会人経験は皆無ということか……。なるほど、だったらさっきの無礼も納得がいく。では覚えておくといい、こういうサービス業では何よりも礼儀と挨拶が基本になる。調理師志望でもそれは同じだ。技術を磨くのも大切だが、社会人としての基本が出来ていないと、誰にも、どの世界にも認められないぞ?」
いや……だから自分、ここの従業員でも調理師志望でもないですが?
そう言い返したかった優衣菜だが、通りすがりの一般客相手にこれ以上自分を説明するのも嫌だったので黙ってソッポを向いておく。
男はそんな鎧の態度にため息をつくが、やがて諦めたようにメニューを広げ、
「では、このホットコーヒをいただこうか?」
「コーホー……カシコマリマシタ……コーホー」
ガシャコン。
男の注文に、一応の頭を下げて立ち去る優衣菜。
そして三歩進んで立ち止まり、
(――――てっ!! な……なぁ~~んで私がこんなオッサンの説教を受けて頭を下げなイカンの!???)
我に返ったように、怒りのオーラを燃え上がらせた。
そんな優衣菜の後ろで、鍋に入ったパスタがお湯を吸いまくって大盛りになっていた。
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