第57話 異世界喫茶①

「ちげぇよ、ばっか!! それじゃあ入れすぎ。水2リットルに対して塩30グラム、それがうちのレシピだよ!!」

「コーホー……あっつぃ!! あっつぅぃっ!!?? コホーーーー!!」


 破沼庵ハヌマーンの厨房で、全身鎧を身にまとった優衣菜が、煮えたぎるパスタ鍋を前にガシャンガシャン踊っている。

 塩の量を測ることもなく、適当に袋から目分量を投入しようとして、塊が落下してしまい、その跳ね返りの熱湯が股間の鉄板に引っかかってしまったのだ。


「あ~~あ……なにやってんだよ、これじゃしょっぱくて食えんぞ、やり直し!!」

「コ~~~~~~~~……」

「不満そうに鳴くな!! お前から頼んできたんだろうか。だから教えてやってんだ!!」


 優衣菜が思う女子力。

 それはやっぱり料理力だった。

 昔から〝男をつかむなら胃袋をつかめ〟と言うじゃないか。

 色気や清潔感も重要だが、やはり男を喜ばすには美味しい料理にかぎる。


 昨日一晩考えてその結論に至った優衣菜。

 奇しくも、二人暮らし初日に孝之から出されたお題に立ち戻るとこになってしまったが、それはもしかして孝之なりの受け入れの意思表示メッセージだったのかもしれない。


 それに気付いた(勘違い)優衣菜は、短絡的な欲望のままに直情的なエサを制作してしまったあの時の自分はなんて浅はかだったのだろうと深く後悔した。

 なので今度こそは孝之に気に入られる〝普通〟の料理を教えてもらうべく愛美アフロディーテに相談したのだ。

 そんな愛美アフロディーテが選んだ料理はズバリ『スパゲッティペペロンチーノ』


 パスタと言えばこれ、というほどの定番ソースだが、単純なだけに奥が深い。

 まずはこれを満足に作れるようになれば、大抵の喫茶店料理ならこなせるようになるという。

 さらに、極めればもちろん、多少失敗してもソコソコ食べられるという料理的耐久性も高く、素人が挑む初心者料理としては申し分ないそうな。

 優衣菜的には「コーホー……そんなの普通すぎて面白くない。せめてジェノベーゼとかボンゴレビアンコって言いたい。コーホー……」などとぬかしてきたが。

「70年早いわ」


 と一蹴し黙らせた。

 そしていざ作らせてみたらコレである。


「お前さぁ……軽量スプーンって知ってるかぁ?」

「コーホー……もちろん知っている。しかしそんな機械的で実験的な作り方など愛ある料理とは言えないではないか? ……私はあくまで〝手作り〟にこだわっていきたい。なので分量も数字ではなく感覚で測りたいのだ」


 そして――――どぽん。


「コーホー……あっつぃ!! あっつぅぃっ!!?? コホーーーー!!」


 また同じことを繰り返す。

 今度のはさっきよりも三回りは大きい塊だった。


 目をおおう愛美アフロディーテだが、なるぼど……コイツの心意気はわかった。だったら一度、そのまま好きなようにやらせてみて、どこが悪かったかを自分で考えさせてみるのもいいだろう。

 コイツにはそういう指導が向いている。

 思った愛美アフロディーテはメモにサラサラとレシピを書くと優衣菜に渡した。


「コレ見て、思うように作ってみな。ちゃんとできたら良いし。無理だったらどこが悪いか教えてやるから」

「らじゃー」


 受け取った優衣菜は上機嫌でメモを一読する。

 どうやら湯(激辛)はそのまま使うようである。


 仕事に戻る愛美アフロディーテの背中で、ひとり黙々と料理を進める優衣菜。

 今度は余計な邪念なく、真剣である。


(ん~~~~……なになにパスタは150グラム……こんなものか? それを鍋に投入? せあっ!! ――――どぽんっ!! よし)

 ※ 400グラム投入なげいれ


(次はえ~~~~と、麺を煮込んでいる間にソース作りか……。ニンニク2片……にんにく? 2個も使うの……それをスライス……。スライス? こうかな? ガシガシガシガシ ……う、目にくるわね)

 ※ ニンニク2株(皮付き) すりおろし。


(え~~~~っと……次は……唐辛子……唐辛子、からし……これな。これをこう……にゅるる~~っと、よし)

 ※ ねりからし一本


(そしてそしてフライパンに……オリーブオイル30cc……オリーブ……まぁ油よね。それを30cc……さん、じゅう、しー、しーぃ、っとこんな感じかぁ?)

 ※ チューブのラード、フライパン4周


(で、熱した油にニンニクとからしを入れると……じゅうぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。アツ、アツ!! で、香りが立ったら……立ってる立ってる!! てか襲ってくる――――ゴホゲホッ!! ゆ……茹で上がったパスタを投入……茹で上がりっていつ……? え? 袋、袋!! え~~~~……9分?? は、計ってなかったな……まぁいいや多分あと8分くらいでしょ)


 やってると。


「……すまん優衣菜、私ちょっとトイレ行ってくるから。お客さん来たら待ってもらってくれ。すぐ戻る」


 愛美アフロディーテがお腹を押さえつつ、青い顔をして奥へ去ってしまった。


「コーホー……む!? あ、いやちょっと!?? コーホー……?」


 それと同時に――――カランコローン。

 お客さんが1名。サラリーマンらしき男が入ってきた。

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