第56話 解せぬ
「ふんぬーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
――――どぃぃいいぃぃぃぃいいぃぃんっ!!!!!!!!
持ち上げられた優衣菜の脳天が、キレイな弧を描きベッドに突き刺さった。
ギリギリ、間一髪のバックドロップだった。
身元を特定できる情報だけ綺麗にモザイク加工されたそれは、あとマウスクリック一つでSNSの大海原に放流されるところだった。
「きゅぅ~~~~~~~~~~……」
「あ……あぶなかった……」
目を回した優衣菜を、ま◯ぐり返しのままベッドに放置し、冷や汗をぬぐう孝之。
もしコイツを仕留めるのがあと一瞬遅れていたら……。
遅れていたら……。
どうなったんだろう……?
どう考えても優衣菜も一緒に自爆していただろう。
そうまでしても既成事実をでっちあげたかったのかこの
目的のためなら手段も後先も、羞恥心すらぶん投げる姉をあらためて恐ろしい存在だと背筋を震わせた。
「やぁ~~~~めぇ~~~~てぇ~~~~!! 捨~て~な~い~で~~~~!! いつかほんとに必要になるかもしれないからぁ~~~~~~~~!!!!」
大粒の涙をぶら下げて、孝之に追いすがる優衣菜。
「うるさいうるさい!! こんなモノ置いているだけで体裁が悪いし縁起だってわるいんじゃーーーーっ!!!!」
「なんでよ、いいじゃない!! タンスにしまっておくだけなら誰にも見られないじゃない!!」
「お前そんなこと言って、俺が学校に行っているあいださり気なく物干しに吊るす気だろう、赤ちゃん服とか、よだれ掛けとか、ちっちゃい毛布とかーーーーっ!!」
――――「っち!!」
孝之の鋭い予測に全力で舌打ちする優衣菜。
実はもう哺乳瓶は台所の、外からよく見える窓際に置いてあったりする。
「そうはいくか!! ともかく今回のことは全部なし!! 物もデータも全部処分するんじゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!」
「孝之のバカ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
「コーホー……というのが三日前……コーホー」
「……ほぉ」
モーニングタイムも終わった午前10時。
食洗機の泡を見ながら
店に客は三人だけ。
一人は常連のおばあさん。
もう一人はその茶飲み友達のおじいさん。
そしてカウンターに座って愚痴をこぼしつつ、大好きなベイクドチーズケーキを突いている西洋鎧が三人目。
いわずもがな。
「コーホー……夢を捨てられた私は、傷心のあまりこの三日間、一歩も部屋の外へ出られなかったのだ……コーホー」
「……どうでもいいけどよ、お前……店にその格好で来るのはやめてくれないか?」
「コーホー……そんな私に孝之はどう接していたと思う? ……コーホー」
「聞いちゃいないな?」
「コーホー……まるで動じず、いつもの通りに生活していたのだ!! 考えられるか!? 愛する妻が心を病んで寝込んでいるというのに旦那はただ飯を部屋の前に置くだけで、あとはテレビ見て笑っていたんだぞ!! あんまりだろう!! ……コーホー!!」
そしてケーキを一口分プスリと刺して、兜の隙間に器用に差し込む。
紅茶も飲むが、それはさすがにダバダバこぼれていた。
「……かなり妄想と改ざんが入っているがつまり……お前のいままでと同じ生活をしていたってことじゃないのか?」
「コーホー……断じて違う!! いままでは親に対して抗議の籠城戦をおこなっていたのだ!! しかし今回は孝之に対してスネ――抗議の絶縁(仮)を演じてみせたのだ!! しかしそのリアクションがあまりに〝無〟だったのでよけいに傷ついて、誰でもいいから話を聞いて欲しいと朝からズッと先輩に電話をしてたのに全然出てくれないから私のほうが出てきてやったのだちくしょーーーーーーーっ!!!!」
「そうかそうか悪かったな……モーニングで混んでたんだよ」
「コーホー……で、私は考えたのだ。……なぜ孝之は姉に対してこんなにも冷たいのかと……コーホー」
なぜもくそも、理由を上げたら無限に出てくるんじゃないかと汗を浮かべる
ここは黙って話を聞いてやろう。
すると鎧は最後の一口を兜の中に放り込むと、手甲をガチャリと鳴らして拳を握りしめた。
「コーホー……信じられないことだが……もしかすると私は、一般女性と比べて……――――ちょびっとだけ女子力が低いの〝かもしれない〟!! コーホー!!」
かもしれない……とは?
踊る温水を眺めながら、ま~~たおかしなこと始める気じゃないだろうなぁ……と
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