第53話 センテンススプリング

 ――――そして放課後。


 帰りの電車に揺られる慎吾と孝之。

 二人の間には、なんとも気まずい空気が漂っていた。

 しばらくは何も会話しなかった二人だったが、やがて吊り広告に目をやりながら慎吾がそっと口を開いた。


「……先生はああ言っていたが」

「……?」

「俺は自分を信じようと思うんだ」

「なんの話をしている」

「お前はすごくキレイなピンク色をしていた」

「おい」

「そんなお前のお前が語りかけてきたんだよ」

「俺の俺ってなんだ」

「ボクハ、ナニモシラナイヨ、ボクハ、オトナニナンカナッテイナイヨ(裏声)」

「んふ?(笑)」

「……そういうお前のお前が見せた純粋な瞳に……俺はもう一度、お前を信じてみる気になった……」

「そ……そうか……?」(瞳??)

「……だが、それにはもう一押し証言が欲しい……」

「証言?」


「一緒に飲んでいた愛美アフロディーテという女性。……彼女の話を聞きたい」

「……そうだな。わかった」


 あの朝、目を覚ましたとき、愛美アフロディーテはすでにいなかった。

 あの晩なにがあったのか。

 聞いてみたかったのだが……真実を知る勇気がなかった。

 しかしこうなってしまった以上、誤解(と信じたい)を解いてくれるのは彼女の証言しかない。

 孝之は神妙にうなずくと、慎吾を〝破沼庵ハヌマーン〟へと案内した。





「ああ、ヤッたんじゃね? 二人とも」


 入店五秒。

 友の紹介もしないうちに、愛美アフロディーテ世界滅亡ハルマゲドンのスイッチを押してしまった。

 孝之が一言「土曜の朝」というキーワードを発した瞬間である。


「あの日の晩さ、お前たち二人急にイチャつき初めてよ。私にジャマだから帰れって言っただろ? そのあとナニをしたかしらんが、優衣菜は大喜びで赤ちゃん用靴下の編み方を聞いてきたぞ? よかったな孝之。来年の夏にはパパになるってさ」


 んぬごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごぉぉぉぉぉ……。


 孝之の後ろで、慎吾が邪神を召喚している。

 全身の毛は怒りで逆立ち、全身からは血の汗を流していた。


「……い、いやちょ、ちょっとまて……こ、これはなにかの間違いで」

「…………貴様との友情も、もはやこれまで、いや、友情などど生ぬるい……ド外道、どぐされ鬼畜の貴様には今生の別れこそふさわしい……」


 ――――ぬらり。

 背中(?)から大刀だんびらを抜く慎吾。

 孝之は本気の殺気を感じ、必死の言い訳をまくし立てる。


「い、いや違う、この人が言ってるのはただの推測だ!! 途中で帰ったって言っているだけだ!! 子供とかは優衣菜が舞い上がってるだけだしソモソモ間違いがあったとしてもそんなに早く妊娠とか、わかるわけないだろうが!!」


 カウンターに背中を擦りつけ後退りする孝之。


「………………………………」


 慎吾はそんな孝之を追い詰め、しかし、証言の論結ろんけつを決めかね、刀を振り下ろせない。

 慎吾とてナニもなかったと信じたいからである。

 だがそんな純真なる般若に、愛美アフロディーテは〝決定的〟に近い証拠を突きつけてきた。


「……これ、帰る前に撮ったんだけどよ、見る?」


 見せてきたのは複数の画像写真。

 最初の一枚は、壁を背に、身を寄せ合う孝之と優衣菜の姿が写っていた。

 お互い肩を密着させ頭をくっつけあっている。


 次の写真はそのまま手を握りあった姿。

 さらに次はそっと抱き合い。

 そして最後の写真は――――、


 ――――ぱぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!


 それをみた瞬間、慎吾の眼鏡が弾け飛び、上半身の服も肥大化した筋肉によって破れ散っていた。


「……もはや、一言の弁も聞く耳もたぬ。貴様はこの場で一刀のもとに斬り捨て、我も後を追おう。……貴様を殺せば……もう我にもこの世に未練は残っていないのだから……」


 最後の写真に写っていたのは。

 孝之と優衣菜、二人が唇を重ね合っている姿だった。


 これには孝之もビックリした。

 まったく身に覚えがないからだ。


 いや、それ以外の写真も覚えがない。

 というか、これ、完全にヤラセ写真じゃないか!?

 だって姿勢があきらかに不自然だもの。


 まるで出来の悪い安物フィギュアのごとく、体勢のバランスが合っていない。


 ――――これは、完全に誰かに偽装されたモノ。


 寝ている自分たちの身体を動かして、無理やりでっちあげた偽ラブシーン。

 その誰かとは言うまでもなく。

 孝之は丸い目を愛美アフロディーテに向けるが、


 プイ。

 あからさまに白々しく視線をらされてしまった。


(――――やりやがったな……!!??)


 犯行を確信した孝之だったが、怒りと絶望に支配された慎吾は止まらない。

 上段にかまえた大太刀に己の怒りの炎を燃え移らせ、


「死ねやぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁっっ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 待てと手を突き出す孝之に、聞く耳など1㌨㍍も与えることなく、烈火の剣を振り下ろした!!

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